新たな才能を数々発掘してきた「双葉文庫ルーキー大賞」。第5回の受賞作は、後天的に性別が変化していく架空の病を通じ、男女の感覚の違いを描き出す意欲作! 約半年から1年かけて男性から女性へ、女性から男性へと性別が変化していく奇病・ASM(後天性性染色体変異)。そのASMに罹患した男子高校生・勇実真赤が、変わりゆく自らの身体と精神に戸惑いながらも成長していく姿を描いた異色の青春譚。

「小説推理」2022年9月号に掲載された書評家・三宅香帆さんのレビューと帯で『虹のような染色体』の読みどころをご紹介します。

 

虹のような染色体

 

虹のような染色体

 

■『虹のような染色体』夏凪空  /三宅香帆:評

 

染色体の異常によって、半年かけて女性になる運命をもった、高校球児の主人公。自分の性別と向き合う青春を描いた、爽やかなデビュー作。

 

『らんま1/2』、『君の名は。』、『とりかへばや物語』など、タイトルを挙げていけばきりがないくらい、「心は男性の主人公が、女性の身体を得る」物語は多数存在してきた。社会的にも、生物的にも、女性になることはどうやら男性にとって未知なる興味の対象だった。本書は、社会的、生物的、そして精神的に、女性になっていった男性の物語である。

 主人公の勇実真赤は、野球に熱中している男子高校生。彼は「染色体の異常によって、半年から一年かけて女性になる」病気に罹患してしまう。それはASMと呼ばれる、「後天性性染色体変異」、後天的に性別が変化する病気だった。もちろん現実のことを考えると、この症状を「病気」と捉えていいのかどうか議論は必要だろうが、本書で描かれている世界では病気とされている。真赤は、自分自身の変化、自分の好きだった女性のこと、そして自分の青春をささげようと思っていた野球のことに向き合っていく。

 物語は、真赤の一人称語りで進む。そのため、彼の精神的な変化も含めて、小説のなかで子細に綴られることになる。胸が大きくなったり、生理が来たりといった、身体的な変化はある。しかし読んでいると身体的な問題以上に、「精神の中における女性と男性の区別っていったい何なんだろう?」と考えざるを得ないのだ。

 女性として扱われることに慣れてきた真赤は、物語の最後、「女性らしい」一人称で語る。そのような変化を読んでいると、自分の精神が男か女か、それは社会的に扱われる性別によって規定されているのではないか? 男らしいと言われれば男らしくなるし、女らしいと言われれば女らしくなるのか? と読者は考えざるを得ない。誰に恋をするのか、自分の性別を何と呼ぶのか、それらは曖昧なグラデーションでしかないのかもしれない。

 野球を中心とした爽やかな青春小説として、物語は終わる。しかし読者には、何とも言えないむずむずとした「真赤のセクシャリティは、今どうなっているんだろう?」「女性らしい、男性らしいっていったい何だろう?」といった疑問が残るはずだ。それは決して悪い後味ではない。現実世界のジェンダーの問題に開かれた、「そもそも男と女の区別って何なんだろう」という答えのない問いへの入り口なのである。