パワハラ上司に、理解のない同僚、そして使えない部下。いつの世も、組織に身を置くというのは苦労の絶えないものかな。

 天正12年(1584)11月、そんな思わず身につまされてしまう境遇にあるのは、徳川家の鉄砲大将・植田茂兵衛。

 小牧長久手の戦いで、かろうじて秀吉相手に優勢勝ちしたものの、信長の帝国を引き継いだ秀吉と徳川家の国力の差は大きく、もう一度戦えば敗北は必定。だが、意気軒昂な徳川家臣団はまったく引く気配を見せず……という状況で、茂兵衛は和平を進言し、すっかり家内で孤立してしまった。

 お陰で、最新第9巻でも西へ東へ走らされ、主君・家康からまたしてもいいようにこき使われる。はたして、茂兵衛に安息の時はくるのか? そして、徳川家の運命や如何に!?

「小説推理」2022年9月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと帯で『三河雑兵心得 上田合戦仁義』の読みどころをご紹介します。

 

三河雑兵心得 9 上田合戦仁義

 

■『上田合戦仁義』井原忠政  /細谷正充:評

 

井原忠政の人気シリーズ第9弾。ついに第一次上田合戦に突入。徳川家の足軽大将・植田茂兵衛は、生き残ることができるか。衝撃のラストに瞠目せよ。

 

 井原忠政の「三河雑兵心得」シリーズの第9弾が刊行された。百姓から身を起こした植田茂兵衛も、今では五ヶ国の太守となった徳川家康に仕える足軽大将だ。羽柴秀吉と引き分けた小牧長久手の戦いは終わったが、息継ぐ暇もなく、新たな任務を与えられる。

 4倍の敵相手に敗けなかったことで、家康の家臣たちの鼻息は荒い。しかし家康自身は、秀吉との和睦を決め、人質として次男の於義丸を大坂城に送ることにする。その護送役に茂兵衛が選ばれたのだ。鉄砲隊を率いた茂兵衛は、一路、大坂へと向かう。

 というストーリーの流れから、道中で何らかの騒動が起きると思った。しかし派手なエピソードはない。茂兵衛が道すがら、己の過去を回想したり、配下の面倒を見たりするだけなのだ。ところがこれが面白い。なかでも鉄砲名人だが、妙に運の悪い小栗金吾の扱いは、注目すべきものがある。於義丸に鉄砲の腕を見せることで、引き立てるチャンスを与えようとするのだ。結果、金吾は、於義丸の近習となった。シリーズが長くなると、主役だけではなく脇役にも思い入れが強くなる。だから、金吾の新たな人生を応援したいのである。まあ、その後の史実を知っていると、なかなか不安ではあるが。

 大坂で秀吉と会うという、予想外のイベントがあったものの、何とか任務を果たした茂兵衛。続いて物語は、上田合戦に向かっていく。周知の事実だが上田合戦とは、信州にある上田城を拠点とする真田家と徳川家の、2度の戦の名称である。今回は、天正十三年の第一次上田合戦だ(慶長五年が第二次)。そして両方の戦いで、徳川家は手痛い敗北を喫している。徳川家の負け戦を、作者はいかに描いたのであろうか。

 北条家との紐帯を強めるため、今は真田家のものになっている沼田城を明け渡すよう、昌幸に命じる家康。しかし、徳川に付いたはずの昌幸が、平然と裏切る。これに怒った家康が兵を挙げたというのが、合戦に至るまでの流れだ。

 この史実をきっちり押さえながら、作者は戦いの全貌を活写。真田の策に翻弄された徳川軍は、敗走を余儀なくされる。ここで茂兵衛の鉄砲隊が殿を任され、激しい死闘を繰り広げるのだ。友情・覚悟・討ち死になど、さまざまなものが交錯する戦場で、絶体絶命のピンチに陥る茂兵衛。その果てに迎えるラストは衝撃的だ。このシリーズ、いったいどうなってしまうのだろう。