南町奉行所で例繰方(れいくりかた)の与力を務める平手又兵衛は、周囲から「はぐれ」と呼ばれる変わり者。抜群の記憶力で仕事はそつなくこなすが厄介事には無関心。だがひとたび許せぬ悪に立ち向かえば、怒りに月代朱に染め、幼馴染みの鍼医者・長元坊ともども悪党どもを影裁き――。作家・坂岡真さんが描く令和最強の傑作時代小説「はぐれ又兵衛例繰控」シリーズ最新刊がついに発売された。

 刊行に際し、初対談が実現したのは、「TSUTAYA BOOKSTORE 梅田MeRISE店」フェア「2021年時代小説上半期トップ10」の選者として、本シリーズを1位に選んだロックバンド「ユニコーン」の川西幸一さん。アルバム『ツイス島&シャウ島』では「R&R はぐれ侍」という楽曲まで誕生させた大の時代小説ファン、川西さんと、坂岡さんに、『はぐれ又兵衛例繰控【五】 死してなお』についてたっぷり語っていただきました。

(取材・文=河村道子 撮影=川口宗道)

 

前編はこちら

 

 

──2話目の「死してなお」では、又兵衛の義父、主税の銘刀が殺された札差の屍骸の傍で見つかります。義父に殺しの疑いが掛かることを恐れた又兵衛が、主税が“譲った”と語る元配下の行方を追うというストーリーが展開していきます。

 

川西幸一(以下=川西):この話で又兵衛は仇討ちに行くんですよね。読者としては、ここまでの流れがあるからこそと言える又兵衛のその行動がすごくカッコいいなと思いました。

 

坂岡真(以下=坂岡):このシリーズには各々の話に主人公役の人物が登場するんですけど、「死してなお」では、登場していない人間がある意味、主人公となって、“想いを残す”。それを伝える役目を又兵衛がする、それを伝えるべきだ、という判断をしていくんですよね。

 

川西:3話目「おきく二十四」では、自分も一心斎になりたいと思った(笑)。

 

坂岡:孫ほど年の離れている娘との恋ですね(笑)。

 

──上方訛りの抜けぬ娘と一緒に暮らすようになった一心斎。その頃、江戸の町では「数珠掛け小僧」という盗人一味が大店の金蔵から金を盗んでは貧乏長屋にばらまき、もてはやされています。けれどその裏には……、そして娘が突然一心斎のもとからいなくなり、というストーリーが「おきく二十四」では展開していきます。

 

川西:一心斎は真実をわかっていたんじゃないかなって思うんです。それをわからないことにして話が進んでいくところがすごく良くて。そして又兵衛がいろんな努力をする。

 

坂岡:師匠のためにひと肌、脱がなきゃみたいな、ね。

 

──川西さん、とっておきの本シリーズのキャラクターやエピソードをお聞かせください。

 

川西:1巻『駆込み女』の「明戸のどろぼう」の泥棒、卯八、2巻『鯖断ち』の「赦免船」の欠け茶碗、焼き接ぎ職人の庄吉とか、ああいう人たちがまたシリーズのどこかで出てきてくれないかとふと思ったりするんですよ。エピソードでは3巻『目白鮫』の「暫(しばらく)」が特に好きですね。ラストに又兵衛と静香の祝言の場面が出てきますが、そこで御奉行・筒井伊賀守が祝いの酒樽を届けさせたり、山忠や「鬼左近」こと永倉左近など、普段、又兵衛と相いれない南町奉行所の人々も角樽下げてやって来るじゃないですか。はぐれの家に奉行所のみんなが集まってくるのが面白いなと。

 

坂岡:そうして仲良くなったら、次からは職場でも仲良くなるのかなぁって思うけど……(笑)。

 

川西:ならないのがいいんです(笑)。

 

坂岡:そうなんです、そこが肝かもしれない(笑)。

 

川西:あと気になっているのは、又兵衛と御奉行との関係がこれからどうなっていくのか。御奉行が時々出てくるけれど、もしかして又兵衛の理解者なのか?って。

 

坂岡:実はそこ、僕自身も謎なんです(笑)。

 

川西:でも、あくまで又兵衛は勝手に動いているというのが面白い。手柄にはならないけど(笑)。

 

坂岡:そうなんです、出世とかしちゃうとまずいんで(笑)。

 

──最新刊の読みどころをお聞かせください。

 

川西:シリーズを読んだことのない人は、この巻から入ってもらっても楽しめると思います。新キャラクターの登場の仕方もすごくいい。たとえば冒頭の忠太郎が新参者として奉行所に入ってくるときの又兵衛と駆けっこをする、子供じみた意地の張り合いみたいなところとか。この巻は、初めてこのシリーズを読む人にとっても、すっと入りやすいと思う。そこから既刊に戻ってもらってもまた楽しめます。

 

坂岡:時代物だからといってハードルは高くないので、お茶請けというか、箸やすめというか、そういう軽い感じで手に取っていただけたらありがたいですね。

 

川西:時代物は制限がないところがいいと思うんですよ。現代物だと、“そんなこと、できるわけない”で終わってしまうこともある。そうすると夢が広がらなくなってしまう。時代物ってすごく自由だと思うんですよね、武士の生き様みたいなものも含めて。大体腹を切るということ自体、今の価値観と比べたらおかしなことじゃないですか。その価値観のなかで時代小説は動いていく。特にコロナ禍となった今、時代物は自由に心を解き放ってくれると思うんです。さらにそれを読むことによって、“あの時代ってこうだったんだな”という思いを巡らせることもできる。知識も広がるんじゃないかと。

 

坂岡:“江戸”は風景としても、その面影が東京にはまだいっぱい残っている。それを小説のなかで残していきたいというのも、僕がやりたいことのひとつなんです。季節の変化や風習とか、現代では廃れてしまったけど、何となく残っているようなことも時代物だと書けるので。

 

川西:これからも坂岡さんの書く時代小説を楽しみにしています!

 

●プロフィール
川西幸一(かわにし・こういち)
1959年生まれ広島出身。1987年に、ユニコーンのドラマーとしてメジャーデビュー。1993年、ユニコーン脱退後は、VANILLA、ジェット機、BLACK BORDERSなどで活躍。他に、PUFFY、甲斐よしひろ、フジタユウスケなど多くのミュージシャンのサポートも行っている。2009年年始に突如、ユニコーンが再始動を発表。シングル「WAO!」で鮮烈な復活を果たし、名作アルバム「シャンブル」を発表、大成功をおさめた。ライブでは、圧巻のステージを見せたかと思えば、独特の寸劇が始まったりするなど、個性豊かな5人の異才達からなる、日本を代表する唯一無二のロックバンドである。2021年は、「ロックンロール」をテーマに制作したフルアルバム「ツイス島&シャウ島」をリリースし、全27公演となるライブツアー「ユニコーンツアー2021“ドライブしようよ”」を開催。この模様を収めたライブ映像作品「MOVIE40ユニコーンライブツアー2021“ドライブしようよ”」を2022年2月16日にリリースし、"ドライブしようよ"スピンオフツアー「EBI & UNICORN "狙ったエモノは逃さねぇ"」を開催。
ユニコーン公式サイト http://unicorn.jp/

坂岡真(さかおか・しん)
1961年新潟県生まれ。早稲田大学卒業後、11年の会社勤めを経て文筆の世界へ。四季折々の江戸の情緒と人情の機微を、繊細な筆致で綴る時代小説には定評がある。主なシリーズに「照れ降れ長屋風聞帖」「帳尻屋始末」「帳尻屋仕置」「はぐれ又兵衛例繰控」(双葉文庫)、「鬼役」「鬼役伝」(光文社文庫)、「あっぱれ毬谷慎十郎」(ハルキ文庫)、「火盗改しノ字組」(文春文庫)、「新・のうらく侍」(祥伝社文庫)、「人情江戸飛脚」(小学館文庫)、単行本『絶局 本能寺異聞』(小学館)、『一分』(光文社)などがある。

衣装協力(川西幸一):suzuki takayuki(スズキ タカユキ)
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