「まったく他人事じゃない……」思わずそう声を漏らしたくなるほど、物語の舞台「喫茶ドードー」を訪れる女性たちの悩みやもやもやは、まるで自分や友人が経験したように身近なものばかりだ。
年齢とともに感じる体の不調に、やりがいはあるもののプレッシャーがかかる新しい仕事。SNSで流れてくる「ていねいな暮らし」を眺めるのも、最近辛くなってきた……。
そんなあなたに是非手にとってほしい連作短編集『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』。読書メーター読みたい本ランキング第2位にも輝いた、あなたの心を癒すとっておきの1冊です。
■『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』標野凪 /松井ゆかり:評
喫茶店やカフェというものがいかに人々から愛されているかは、人気店に取材した雑誌や情報番組などが数多く存在していることからもすぐにわかるだろう。みんなおいしい飲み物やお菓子をいただきながら安らげる時間を求めているのだ。
本書もカフェが舞台の連作短編集である。コロナ禍ということもあって、これまで以上に悩みを抱えていたり心が疲れていたりする女性たちが各話に登場する。彼女たちが何かに誘われるように足を踏み入れるのは、周囲は住宅地であるのにそこだけ木々に囲まれた〈おひとりさま専用カフェ 喫茶ドードー〉。看板にはなぜか、そのとき彼女たちが抱えている不調に効き目がありそうなメニューが貼られている。迎えてくれるのは、もじゃもじゃした髪に丸眼鏡で背が高い「そろり」と名乗る男性店主だ。
例えば、第3話の「自分をいたわる焼きマシュマロ」の小夜子は、50代の雑貨店店長。本社インテリア部門の仕入れチーフだった小夜子が駅隣接のショッピングセンター内にあるショップ店長になったのは、最初の緊急事態宣言の頃。客足が減った中、「これからの働き方を見据えての改革を」といった業務命令を受けてコロナ対応のシフトで店を切り盛りするのは、やりがいはあるもののプレッシャーも大きい。加えて加齢による体の不調もある。小夜子が初めて喫茶ドードーを訪れたのも、店への路地の入口でうずくまっているところをそろりに声をかけられたのがきっかけだった。そこで出された「自分をいたわる甘いもの」とは……。
そろりが提供するのはいつも、その人を助けるメニュー。疲労をにじませるお客たちの姿は、現代に生きる者にとって決して他人事ではない。私たちはがんばっている。どんどん複雑になっていく世界で、ずっとがんばっている。そんなときにほっとひと息つける飲み物やお菓子に、どれだけ癒やされることだろう。ちょっとだけ休むことは、きっとまた動き出すための力になる。どんな世の中になっても、悩みや心配事があっても、いい方向へ変えていくことは可能であるに違いないと元気づけられた。
著者の標野凪さんは、第1回おいしい文学賞で最終候補となり作家デビューし、現役のカフェ店主でもある。なるほど、喫茶ドードーで提供されるメニューがおいしそうなのも納得の1冊だ。
さて、本書には謎の語り手が登場する。丁寧な言葉でそろりの様子を知らせてくれるこのキャラ、いったい誰だろうと思っていたら……あっ、そうだったのか!