母子家庭で母親から放置されて暮らしている中学生の少女。救いを求めて逃げこんだ場所は、ネットの掲示板で知り合った男の部屋だった――。「庇護」の名のもと起きる未成年者誘拐をモチーフに描いたサスペンス長編。

 物語によって固定概念を揺るがしてきた奥田亜希子氏の最新作は、今を生きる私たちに切実な問いを投げかける。

「小説推理」2022年7月号に掲載された、ライター・瀧井朝世さんのレビューと帯デザインと共に『夏鳥たちのとまり木』をご紹介する。

 

家に居場所のない少女が逃げ込んだ、アパートの一室。  あの人は言ってくれた。 大丈夫だよ、と。  大人になり、記憶の封印が解かれたとき、遠い日々に隠された真実を知る。  痛みを受け容れ、明日へと踏み出す人々の希望を描く物語

 

中学教師の葉奈子は中二の夏、ネットの掲示板で声をかけてきた男のもとに身を寄せた。そこは、母親から構われずに育った葉奈子が救いを求めて逃げ込んだ場所だった。  15年前の夏の記憶と、担任する女子生徒の抱える秘密が重なったとき、葉奈子の中でひとつの真実が立ち上がる。その真実を共有したのは、心に傷を負ったまま生きる同僚の中年男性教師だった――。

 

■『夏鳥たちのとまり木』奥田亜希子  /瀧井朝世:評

 

子どもも大人も、人生のとまり木が必要な時がある。もしそれが“間違いだらけ”の木だったとしたら? 題材は未成年者誘拐、意識を変革させる切実な物語。

 

 その夏休み、中学国語教師の田丸葉奈子が担任する二年二組の生徒、星来せいらが3日間無断外泊した。聞けばSNSを通じて知り合った女性の家にいたという。それははたして本当なのか。この事件は、葉奈子の記憶を刺激する。

 実は葉奈子も、15年前の中学2年生の夏にネットの掲示板で出会った男、〈ナオ〉のアパートに滞在した経験がある。当時、両親は離婚し、母親からネグレクトされ、逃げ場がなかった彼女にとって、それは決して忌まわしい思い出ではない。しかし星来の出来事を通して、葉奈子はその経験と対峙していくこととなる。

 未成年者が本当に居場所をうしなった時、たとえ世間から見れば犯罪でも、本人は救われることがあるのではないか。そう感じていると、ひっかかりをおぼえる場面が出てくる。未成年者誘拐について、1人の女性教師が熱く語る。こういう事件が起きると「知らない男についていった女の子も悪い」と言う人間がいるが、精神的に未熟な子どもにつけこむ男が悪いのであって女の子は被害者だ、という主張である。それを聞いて葉奈子は正しい発言だと思う一方で、その完璧な正論に、15年前の自分が傷ついたように感じるのだ。その理由は彼女自身も分からない。本作は、その傷の正体を探る物語でもある。

 人は誰しも、時に人生に疲れ、逃げ場所となる“とまり木”を求める。しかし、それははたして本当に心休める場所となりうるのか。星来や葉奈子のほかにも、そんな疑問がよぎる出来事が盛り込まれる。星来の出来事に共に対峙する副担任の50代男性教師、溝渕との対話、公園で拾ってこっそり飼育するドバトの雛(鳥獣保護法違反である)、学校の周囲で勧誘をする新興宗教団体、金に困った時だけ連絡してくる葉奈子の母親――。それらを通して、葉奈子はやがて、封印していた15年前の記憶と向き合う決意をする。

 彼女がようやく知る真実にも衝撃を受けるが、個人的にはそれ以上に胸に突き刺さったのは、葉奈子に訪れる“気づき”だ。終盤、溝渕が未成年者誘拐事件に関して「事件がこんなに頻発するってことは、根本的に欠けてるものがあるんだよ」とこぼした時、彼女は、先述の女性教師の言葉になぜ自分が傷ついたのか、その理由を理解するのだ。そこからの数行にはっとさせられると同時に、自分は何も分かっていなかったと恥じ入った。これはとんでもなく慎重で、誠実で、今の時代に必要なことを訴える物語である。

 

 SNSで庇護を求める未成年者の誘拐、その是非が読み手の倫理観を揺さぶる!『夏鳥たちのとまり木』著者インタビュー
https://colorful.futabanet.jp/articles/-/1376