著作『正体』が亀梨和也主演の連ドラになったことで話題の染井為人氏。社会で実際に起きている事件や事象を小説に落とし込み、人間の欲や汚さ、社会の不条理さを描く筆致は社会派ミステリーの新星として高い評価を受けている。そんな染井氏の最新作は、あの日本一有名な半グレ組織が起こした実際の事件をモチーフにしたサスペンス小説。なぜ、いまこの事件を書いたのか。著者の染井氏にうかがった。
「最後のシーンが一番書きたかったシーンです」(染井氏)
──小説のなかに小田島という半グレ組織の幹部が出てきますが、彼がとても印象的でした。昔から悪いことをしてたけど、今は妻がいて、もうすぐ4人目の子が生まれる。大切な存在が出来たのもあって、実は組織から抜けたい。でも、しがらみ的にも今のビジネス的にも抜けられない。そういう人物を描いた意図はなんでしょうか。
染井為人(以下=染井):『鎮魂』の表紙カバーに鎖がデザインされていますよね。これは偶然だったんですが、まさに鎖のイメージなんです。「昔の不良仲間」という鎖に繋がれていて、いい大人になっても抜け出せないでいる。外から見たらバカバカしく見えているんでしょうが、当人たちにとっては、それは断つことが難しい足枷なんです。また、一方で、組織を後ろ盾にして、ビジネスで成功している。では、もし足枷を断ち切って抜けた場合、生活は成り立つのか。そういう恐怖も家族がいる小田島にはあったと思うんです。そのあたりの葛藤を描ければと思いました。
──家族を持つ小田島のような不良が出てくる一方で、SNSでは半グレ組織の人間を次々に手にかける犯人を持ち上げる動きも出てきます。その代表的な存在として、正義感が強すぎて仕事も家族も失う中尾という男が描かれています。
染井:そうなんですよね。リアルな世界でも、一度間違いを犯した人たちに対して、なんだろう、もう絶対に幸せになってはいけない、というか、許さないっていう一部の人たちがいるじゃないですか。芸能人が何か不祥事を起こしたら一生言う人たち。その代表みたいな中尾の存在が欲しかったんですよね。そして、それは最後のシーンにも繋がるんですが、服役していた半グレ組織の一員と中尾を対峙させたかった。そのシーンが今回、僕が一番書きたかったシーンなので。
──その染井さんが書きたかったシーン、というのがどんな場面なのかは『鎮魂』を読んでいただくとして、最後に読者にメッセージなどがあれば、お願いします。
染井:正解のないテーマに挑んだのが『鎮魂』です。事件が起きて、被害者と加害者が出た時点で、一応法律はあるのでしょうが、それとは別の感情的なところで、どの段階で被害者は加害者を許すのか。加害者はどうすれば許されるのか。それとも、永遠に許されることはないのか。そういう正解のないお話だと思います。白黒ハッキリ、というのが好きな人が多いのかもしれませんが、是非こういうテーマにも触れていただきたい。こういう時代だからこそ、読んでもらいたいなと思っています。
●プロフィール染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。芸能マネージャー、演劇プロデューサーなどを経て、2017年『悪い夏』で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞し、デビューする。4作目となる『正体』は亀梨和也が主演しWOWOWで連続テレビドラマ化された。そのほかの著書に『正義の申し子』『震える天秤』『海神』がある。