警視庁の鷺沼と神奈川県警の宮野が「所轄」はもちろん「法」や「常識」を“越境”して巨悪を討つ故・笹本稜平氏の大人気シリーズ第7弾『越境捜査 転生』がこの度文庫となった。
神奈川県警の宮野が出会った元窃盗犯の老人。彼が言うには、30年前、ある大企業の会長が殺されたという。だが、その会長は今も存命。老人は、今の会長は成りすました別人だと証言する。時を同じくして都内の空き家から30年前の白骨死体が見つかり……。
文庫化に際し、新たな帯と、単行本刊行時に「小説推理」2019年6月号に掲載された文芸評論家・細谷正充さんのレビューにて『転生 越境捜査』をご紹介する
■『転生 越境捜査』笹本稜平 /細谷正充:評
発見された30年前の白骨死体。警視庁の鷺沼と神奈川県警の宮野の、新たな越境捜査が始まった。笹本稜平の人気警察小説シリーズ、絶好調の第7弾。
「小説推理」に好評連載された、笹本稜平の『転生』が単行本になった。警察小説ファン待望の「越境捜査」シリーズ第7弾である(※単行本になったのは掲載当時のこと。現在は文庫発売中となります)。
世田谷で30年くらい前の白骨死体が発見された。殺人の可能性が高いという。事件を担当する警視庁の鷺沼友哉警部補は、神奈川県警の不良刑事・宮野裕之巡査部長が、元窃盗犯の老人から聞いた話が気になった。消費者金融最大手のマキオスの会長・槙村尚孝の正体が、別人だというのだ。30年前、くだんの老人と一緒に物取り目的で世田谷の家に侵入した原口敏夫が、遭遇した槙村を撲殺。その後、槙村に成りすまし、今ではマキオスの会長になっている。ならば白骨死体は、30年前に殺された槙村なのか。
さっそく捜査を始めた鷺沼だが、槙村のことを調べていたジャーナリストが行方不明になっていることを知る。困難な調査を予感した鷺沼は、いつものメンバーを集めたタスクフォースを立ち上げ、事件にぶつかっていく。
優れたシリーズ物は、シリーズであることに甘えない。本書を読んで、その事実を再確認した。作者は冒頭で、タスクフォースの面々を、手際よく紹介。併せてシリーズの基本的なトーンや、生真面目な鷺沼と金に汚い宮野の立ち位置の違いを際立たせる。ベテランならではの腕前で、本書から読んでもスムーズに物語の中に入っていけるようになっているのだ。
とはいえ、シリーズを熟知している方が、より楽しめることは間違いない。時に善悪のラインを越境しながら、さまざまな巨悪に立ち向かってきた鷺沼たちが、どのような事件に挑むのか。ワクワクしながらページを捲らずにはいられないのである。
その期待に応えるように、ストーリーが読者を引っ張っていく。槙村は本当に原口なのか。タスクフォースの地道な捜査が続く。行方不明のジャーナリストに関しても、大きな動きがある。そして中盤、白骨死体の件が意外な展開を迎え、ますます事件は紛糾。やがて浮かび上がる巨悪に肉薄していく、鷺沼たちの活躍が堪能できた。
さらに、タスクフォースのキャラクターも見逃せない。金に汚い宮野の影響を受けたのか、鷺沼の上司の三好や、同僚の井上の言動に、危ういものが増えている。そんな鷺沼自身の心も、ラストを読めば分かるが、どこか揺らいでいる。こうしたキャラクターの変化も、シリーズの注目ポイントになっているのだ。