こかじさらによる2017年10月刊行の『ざわつく女心は上の空』が、装いも新たに『彼女が私を惑わせる』として文庫になった。文庫化にあたっての帯はこちら。

 

 

 文庫化にあたり、単行本刊行時に「小説推理」2017年12月号に掲載された、書評家・大矢博子さんのレビューをご紹介する。

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■『彼女が私を惑わせる』こかじさら

 

 フードプロデューサーを目指してこつこつと努力してきた青柳美香子。理不尽にも耐え、地道に頑張って、短大を卒業して十年でようやく食べていけるようになった。そんな時、突然アシスタントが辞めることになり、急場しのぎで専業主婦の榎本佐和子に手伝いを頼む。

 マイペースでおっとりした佐和子だったが、ひょんなことから彼女の作ったハンバーグが雑誌で人気を得た。雑誌の連載を皮切りに、あっという間に料理研究家として人気者になる佐和子。料理本を出し、キッチンスタジオのついた豪邸を買い、〈榎本さわこ〉の名でメディアの寵児となっていく。特に料理を学んだわけでもない主婦なのに、なぜ自分ではなく彼女なのか……。

 物語はここから美香子の嫉妬と、その結果の行動へと移っていくのだが、本書が面白いのは、連作形式で佐和子の変化に影響される周囲の人々を描いているところだ。

 第二話は、料理の世界で生きていきたいと思っている雪乃が、料理研究家・榎本さわこのファンになる話。第三話は、佐和子と同じマンションに住んでいた智恵子が、佐和子の家に起きた変化と平凡な我が家を比べる話。第四話は娘の変化に戸惑う佐和子の母の視点で、佐和子がどう変わったかを読者に伝える。第五話は娘の視点で崩壊していく家庭が描かれ、そして最終話は佐和子本人だ。

 全話に共通しているのはもちろん佐和子の存在だが、本書は決して彼女の物語ではない。佐和子の変化を見たそれぞれの話の視点人物が、もう一度自分を見つめ直すというのが主眼だ。夢だけが肥大し、SNSで評価を得ることに汲々としていた雪乃(彼女の本質を喝破する友人の彼氏の一言が素晴らしい!)。上昇気流に乗った榎本家に対し、経済的に逼迫している我が家に嘆息していたが、堅実であることの幸せに気づく智恵子。そして何より、大きな渦に巻き込まれた榎本家の人々が自らの道を自分で選択する様子は痛快ですらあり、読みごたえがある。

 佐和子という触媒を通し、他人と比べることの愚かしさや、家族の幸せとは何なのかについて、今一度考えさせてくれる。実に多くの示唆を含んだ物語だ。

 ただ、佐和子に翻弄される側に注力した構成になっているため、物語としては一方的な見方になってしまったのが惜しい。ひとつの側面からだけ追うとどうしても展開の見当がつきやすくなるので、今度は彼女を祭り上げた側の話も読んでみたいものだ。

(『ざわつく女心は上の空』改題、文庫化)

出典:小説推理 2017年12月号