まず「ヤッさん」がどんな人物かと言うと、築地市場と高級飲食店の間で生きた情報を運び、代わりに食料を得ている、誇り高き宿無しにして食の達人である。強烈なキャラクターと知識と人脈により多くの人に頼られ慕われている。それゆえ数々の騒動に巻き込まれてしまうことも多いが、その騒動を片っ端から捌いていく。小気味いい立ち回りと人情味に元づ付けられる、痛快な連作短編集だ。

 そんな「ヤッさん」シリーズが、ついに完結を迎える。涙なしにはページをめくれない感動のフィナーレについて、「小説推理」2021年10月号に掲載された、書評家・大矢博子さんのレビューをご紹介する。

 

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 誇り高き宿無しにして築地の名コンサルタント、ヤッさんの物語が、ついに完結である。寂しい……。

 ホームレスは「都会に生かしてもらっている」という感謝を忘れず、常に身綺麗にし、健康管理も怠らない。しかも食に関する卓越した知識と人脈で、築地のトラブルシューターでもある。第一巻の『ヤッさん』と第二巻の『神楽坂のマリエ』、そして第四巻の『料理人の光』では、それぞれドロップアウトした若者を弟子にして社会復帰させ、第三巻『築地の門出』では豊洲への移転問題に揺れる築地を舞台に、食にまつわる職人たちのプライドを描いた。

 第五巻『春とび娘』は、いずれも既刊に登場した馴染み深い人物が中心となっていた。その変化や成長や意外な一面を、古い知り合いのような気持ちで楽しんだものだ。
 
そして、本書である。第五巻で馴染みの人物を出したのは布石だったのだと、ここでわかった。

 完結編となる『ヤスの本懐』は中編三話で構成されている。第一話「マリエの覚醒」は、百貨店のフェアへの出店を打診されたマリエが、自らの味を守るか百貨店の意向に沿って味を変えるか悩むというもの。第二話「タカオの矜持」は嫌がらせを受けている寿司屋を助けるために、蕎麦屋のタカオが立ち上がるというもの。

 マリエは第二巻の、タカオは第一巻の、主人公である。ふたりともヤッさんに助言を求めようとするが、なぜか連絡がつかず、自力で対処することになる。果たしてふたりは苦境を乗り越えられるのか。

 ――つまりこれは「代替わり」なのだ。ヤッさんに鍛えられ、多くの出会いを経て、学び、そして今日があるふたりが、今度は自分が当時のヤッさんのように、人を助け、人を繫いでいく立場になるという話なのだ。

 ああ、そうか――とため息が出た。これが完成形なのだ。ひとりのスーパーマンが問題をズバッと解決して終わり、では何の進化もない。ヤッさんの気概や矜持が、こうして受け継がれていくことこそ「ヤッさん」の完成形なのだ。既刊でも先代の味を受け継ぐことをテーマにした話があったが、その頃から物語はここへ向かっていたのだ。

 第三話「ヤスの本懐」で、そのヤッさんが思わぬ事態に陥っていたことがわかる。だが二話までを読んだ読者は、きっと大丈夫だと安心して読んでいられることだろう。

 コロナ禍もある。人も社会も変わり続ける。だがその中に希望を描いた、見事な完結編である。