メンバー五人という小さな同人雑誌「北風」で、十年近く、まじめに小説を書き続けてきた菊地順二。F賞を受賞し、念願の作家になった彼は、しかしなぜか太宰治の生地で自殺した。それから一年。同人仲間だった井上昭は、津軽鉄道のストーブ列車に乗り、菊地のたどったルートを確認する。だがそれは、菊地の自殺の謎を深めるだけであった。真実を求めて井上は、過去の同人活動を手記にする。それに触発されるように、他の同人仲間も、手記を発表するのだった。

 一方、新宿の雑居ビルで殺人事件が発生。被害者は、大学教授で、文芸評論家の岡本裕三である。さっそく捜査に乗り出した十津川警部たちは、T賞やF賞の予選選考委員をしていた岡本が、それに関係した脅迫状を受け取っていたことを知る。

 津軽鉄道のストーブ列車や、十津川警部など、お馴染みの題材とシリーズ・キャラクターによって物語が始まるが、これは作者の愛読者に向けてのサービスだ。本書の眼目は、十年間にわたる同人活動の軌跡と、そこに参加した作家志望者たちの群像にある。

 最初は菊地より実力があると思われながら、同人誌で燻ぶっている井上昭。将来はファッションデザイナーになるつもりだという岸本はるか。人気作家を父に持つ山崎晴美。小器用な文才を鼻にかける大石俊介。そして「北風」に会合場所を提供しているカフェ〈くらげ〉のママで、元文学少女の三村恵子。五人の手記は、人物像に対するズレや、事実に対する齟齬がある。その差異から、謎への興味が深まっていくのだ。これは、アガサ・クリスティーの名作『五匹の子豚』の手法を意識したものかもしれない。ミステリー・ファンを、ぐっと引き込む構成だ。菊地の自殺の、意外な真相が明らかになる、ラストもいい。詳細は省くが、面白さは抜群なのだ。

 さらに「北風」の同人たちの描き方にも注目したい。特に菊地順二だ。人付き合いが悪く、人生のすべてを小説に結び付けている菊地。彼の仕事がトラックの運転手と書かれた部分を読んで、声を上げそうになった。なぜなら作者も作家になる前、トラックの運転手をしていた時期があるからだ。ならば作家になることを渇望し、ひたすらに小説を書く菊地には、過去の作者が色濃く投影されているのであろう。こうした点を読み取ることも、本書の楽しみになっているのである。