長辻象平の「御納屋侍 伝八郎奮迅録」シリーズの第二弾『みずすまし』が上梓された。前巻『あめんぼう』で、長屋での浪人暮らしから、川田久保家の御納屋奉行になった鮎貝伝八郎。しかし川田久保家は、徳川五代将軍綱吉の生母である桂昌院に信頼されている、怪僧隆光と敵対関係にあった。また川田久保家の屋敷には三つ姫さまという、謎多き三人の老婆が住んでいる。家老の稲葉主膳から、無理難題ばかり押しつけられる伝八郎は、生類憐みの令に苦しむ江戸の町を奔走するのだった。
というのが前巻の簡単な粗筋だ。今回は正月早々、川田久保家の屋敷が襲撃されるが、同輩の唐牛又右衛門や、元熊捕り猟師で中間の権助と共に撃退。大いに気勢が上がる。だが隆光の魔手は、思いもかけない方向に伸びていた。伝八郎が懇意にしている、鯛問屋を束ねる鯛屋銀右衛門を、締めつけようとしていたのだ。そこには鯛を食することで命をつないでいる三つ姫さまを、兵糧攻めにしようという意図があった。
鯛が手に入らなければ、自分で釣ればいいじゃないか。主膳の発案により、鯛釣りを命じられた伝八郎。銀右衛門の妹お鉄の協力を得て、なんとか鯛釣りも様になった。ところが伝八郎の暮らしていた長屋の子供の“あぶ”が、犬殺しの罪で追われ、行方不明になるという騒動が起きた。あぶの無実を信じる伝八郎は、屋敷の仲間たちや、友人の中山安兵衛と共に、またもや江戸を奔走する。
善良な性格だが視野の狭いところのあった伝八郎だが、前巻の騒動を経て、すこしは成長したようだ。物事の裏も考えるようになった彼は、次々と起こる騒動に果敢に立ち向かっていく。あぶに罪を着せようとした悪党と闘う、クライマックスのチャンバラも熱い。仲間たちと手を携えた、伝八郎の活躍が爽快だ。
また、渡辺幸庵という百歳を超えた老翁が三つ姫さまを訪ねてくるのだが、彼の口から、意外な話がポンポン飛び出してくる。川田久保家の屋敷が、かつて徳川家康を支えた大久保長安と関係があったこと。島原の乱で切支丹たちが、南蛮の妖術を使ったこと。この辺りのことが、今後の伏線になっていると思われる。おそらくだが、伝八郎自身にも、何らかの意外な事実がありそうだ。これからシリーズが、どこに向かうのか。主人公の真っすぐな成長を楽しむと同時に、ちりばめられた謎が解明されることを、大いに期待しているのである。