自衛隊を題材にしたミステリー『深山の桜』でデビューし、以後、これをシリーズ化した神家正成が、新たな世界に挑んだ。朝鮮人の朴(パク)龍雅(ヨンア)と、日本人の吉永龍弘。戦争に翻弄される、ふたりの若者を主人公にした戦争小説である。新鋭の果敢なチャレンジを、大いに喜びたい。

 一九三九年、平壌一中の野球部は、甲子園を目指していた。その中に、朴龍雅と吉永龍弘の二遊間コンビもいる。若き日の出会いから、立場を超えて親友付き合いをしているふたり。龍雅の妹の雪松(ソル ソン)や、龍弘の幼馴染の本城世枝子も加え、野球に打ち込む日々を送る。しかし龍雅を差別する日本人は、チームメイトの中にもいた。また時代は、どんどん戦争へと向かっていく。

 次の年に、見事に甲子園出場を果たした平壌一中だが、一回戦で敗退。彼らの野球は終わる。龍雅は訳あって東京陸軍航空学校へ。龍弘は陸軍予科士官学校に入学。やがて戦争が始まり、それぞれの場所で戦っていたふたりは、人生を交錯させることになるのだった。

 タイトルになっている“赤い白球”は、龍雅と龍弘の出会いの切っかけとなった野球ボールのこと。野球と飛行機を愛する、ふたりの若者の友情は、読んでいて気持ちがいい。もちろん龍雅と龍弘には、それぞれ違った悩みがあり、戦争へと向かっていく時代の流れが、それに拍車をかける。だからこそ彼らの純粋な輝きが眩しいのだ。

 しかし戦争が始まると、巨大な力が人々を押し流していく。撃墜王と囃されながらも、自分の在り方に苦しむ龍雅。特攻を命令する立場になり、苦悩する龍弘。彼らを中心にして、作者は戦争の実相を、容赦なく暴いていく。そこから国家とのかかわりを通じて人間を描くという、ミステリー作品と共通する、作者のテーマが浮かび上がってくるのである。

 このテーマで、作者は何を訴えようとしているのか。人が死ぬ(生きる)のは国家のためではなく、愛する者のためだというメッセージだ。自衛隊出身の作者が、どうしても伝えたいことは、これに尽きるのである。まさに渾身の作品といっていい。

 その一方で、ミステリーの趣向も見逃せない。詳しく書けないが、終盤の展開には驚いた。しかもその驚きが、感動へと繋がっていく。新進気鋭の作家が、己の持つすべてをぶつけた、迫真のヒューマン・ドラマ。ひとりでも多くの人に、読んでもらいたい。