香納諒一が三ヶ月連続刊行で、新シリーズを開始した。本書はその第一弾だ。主人公の辰巳翔一は、カメラマン兼私立探偵。キャンパーに架装したワーゲンバスを生活の場にして、仕事をしながら全国を流離っている。しかし各地で事件にかかわり、真相を追うのだった。

 という粗筋を見て、作者のファンならば、主人公の名前に引っかかっただろう。そう、辰巳翔一が登場するのは、本書が初めてではない。長篇の『無限遠』『蒼ざめた眠り』で、主役を務めているのだ。

 だから本書を「辰巳翔一」シリーズの第三弾といっても、間違いではない。しかし、辰巳の設定が大きく変わっている。既存の主人公を使いながら、新たなシリーズを立ち上げたところに、作者の意欲的な試みがあるのだ。

 さて、前振りが長くなってしまったが、そろそろ内容に踏み込んでいこう。本書には三作が収録されている。冒頭の表題作は、仕事で富士五湖のひとつの精進湖に赴いた辰巳が、アマチュア・カメラマンの岩井哲夫と知り合う。しかし岩井の車が荒らされ、さらに自宅で彼の死体が発見される。成り行きで事件を追う辰巳だが、やがて苦い真実に到達するのだった。自身もキャンパーを所持する作者が、その楽しさを表現。一方で、事件を通じて、人間の悲しさを見つめている。シリーズの冒頭に相応しい秀作だ。

 続く「バーボン・ソーダ」は、本書の白眉である。写真週刊誌のカメラマン時代の辰巳は、ある事件の取材対象としアイドルを追いかけまわした。その件でアイドルが引退したことを、今も後悔している。そのため、再会した元アイドル絡みの事件に深入りしていくのだった。

 本作の事件の大きな構図は、辰巳が初登場した『無限遠』と、よく似ている。だが結末は、『無限遠』より厳しい。おそらく意図的なものだろう。歳月を経て、変わったもの、変わらなかったもの。主人公の肖像が、色鮮やかに表現されているのである。

 そしてラストの「石売り伊三郎」では、庭などに置く石を売る、伊三郎という老人と知り合ったことで、辰巳が事件に巻き込まれる。清濁併せ飲む伊三郎が牽引するストーリーは、どことなくユーモラス。気持ちのいい読み味を感じながら、本を閉じたのである。

 以上の三作によって、シリーズの多角的な魅力が理解できた。これから辰巳のワーゲンバスが、どこに行くのか。シリーズの第二弾・第三弾が楽しみでならない。