若き蘭方医・宇津木新吾の活躍と成長を描いた、小杉健治の文庫書き下ろし時代小説シリーズの、第九弾が刊行された。シリーズの楽しさは充分に理解しているので、ワクワクしながら本を開いたが、読み終わって唖然茫然。まさか、こんな驚愕の展開を迎えるとは思わなかった。今まで創ってきた物語世界に安住しない、作者の挑戦的な姿勢に感心したのである。
松江藩多岐川家のお抱え医師になって半年。藩主を毒殺しようとした陰謀を阻止した宇津木新吾は、平穏な日々を取り戻したはずだった。しかし何か引っかかる。公儀隠密で、以前より新吾と縁のある間宮林蔵も、松江藩を調べているようだ。また、尊敬する師の村松幻宗からは、お抱え医師を辞めろといわれる。
その一方で新吾は、奥御殿で働く女中のお浪の診察をした。腹痛だというお浪だが、妊娠しているではないか。しばらくして、お浪が宿下がり中に急死したことを知る。不審を覚えた新吾は、墓を暴いて彼女が殺されたことを確認。幻宗の言葉を振り切り、真相を追うのだった。
妊娠した女中の死から始まり、藩から運び出された長持ちを見た中間の失踪、お抱え医師の中に公儀隠密がいるという噂など、松江藩に不穏な空気が渦巻く。そして新吾は、突然の藩の命により、お抱え医師を辞めさせられることになるのだ。自身の人生の岐路に立つ新吾だが、それでも一連の事件の真相を追うことを止めない。なぜか。「私は医師である前にひととしてはずかしくない生き方をしたいと思っています。そうでなければ、多くの人を助ける医者にはなれないからです」という、強い信念があるからだ。シリーズを通じて成長してきた主人公の魅力が、この言葉に凝縮されている。
さらにミステリーの面白さも見逃せない。次々と騒動が起こり、事態は激しく動いていく。その渦中に飛び込み、刺客の襲撃まで受けた新吾は、藩主暗殺未遂事件が尾を引いているのではないかと推察。しかし事件の真相は、いつまでたっても見えてこない。ページを捲っているうちに、もしかしたら次巻に持ち越しかと思ったら、ある人物の登場により、一気に真実が明らかになる。作者の熟練の腕を堪能できるのだ。
それにしてもである。これから新吾はどうなるのか。シリーズは、どこに向かうのか。気になってならない。一日も早く、次巻を手にしたいものである。