何も知らない者がその処刑器具を見たのなら、ギロチンと混同することでしょう。あるいは、旧式のギロチンだろうかと勘違いするかもしれません。
ギロチンに比べると丈は低く、二本の支柱の高さは三メートルほど。下から百二十センチの高さに罪人の頭を乗せる横木があります。支柱と支柱の間に刃を走らせる溝があり、刃に錘が取り付けられている点などはギロチンと同様ですが、ギロチンの刃は斜めに作られているのに対し、「乙女」のそれは水平です。またギロチンの場合、刃の下で死刑囚がうつ伏せに倒れる構造になっている点に対し、「乙女」は刃の下に跪く構造になっています。
総じて、少しだけ小柄なギロチンという印象を受ける処刑器具です。
「お前も覚えているだろう? 親父の書庫の奥で、準備中だった展示室。あの中に置いてあったんだ。一緒に飾ってあった古いスコットランドの旅行記によると、こいつは、十六世紀に同国の摂政だった伯爵が、旅の途中で目にした他国の処刑器具を参考にして作らせたそうだよ。つまりこの器具にも参考元があったわけで、厳密に言うとギロチンの元祖とはいえないだろうが……まあ、そんな細部はどうでもいい。幸運にも、君の友達が焼いてしまった、ギロチンの代用品が見つかったんだ」
私は王族を見送る侍従長のような慇懃な仕草で、身を屈め右手を伸ばし、ショセを「乙女」の方へ誘いました。死刑執行人とその助手が、ショセを死地へと連れていきます。
焼けた処刑台の代用品は用意できなかったので、今回、処刑器具は地面に直置きされていました。
ショセの口元が一瞬、ほんのわずかだけ緩んだのを見て取って、私は彼女に近寄り耳元で囁きました。
「こいつの錘に仕掛けられていた発火装置は取り除いたよ。ここの地面に隠されていた、導火線と油袋と火薬もね」
それまで冷静だったはずのショセの目が、驚愕と、怒りに燃え上がって見えました。
「私を愚弄するにも程があるんじゃないか。ギロチンが焼けて困っていた公訴官の自宅に、たまたま亡父の購入したギロチンの源流がしまいこんであったなんて、都合のよすぎる成り行きだ! たしかに展示室には、『乙女』について記した旅行記が置いてあったよ。だが、書物があったからといって、本物の処刑器具まであったとは限らない」
私は人生の中で最高潮と言っても間違いではないくらい、勝ち誇っていました。
「父は、あんなものを展示室に運び込んだりしていなかった。やったのは、君だろう? 正確には、君の協力者かな。私以上にあの書庫に入り浸り、父に気に入られていた君なら、書庫の合鍵くらい、もらっていてもおかしくはないからな」
ショセは苦しげに叫びました。
「知らないわ、そんな昔の話!」
「私が見向きもしなくなったあの離れに、用意した『乙女』を持ち込ませるのだって、不可能じゃなかったはずだ。それからギロチンを焼き、私を右往左往させ、ギロチンの代用品として『乙女』を発見させる。
君の想定では、私はもう少し頭が残念だろうから、私を展示室へ連れていくために、匿名の手紙なり、息のかかった関係者に証言させるなりして『乙女』へ導く手はずだったのかな? 代用品を見つけた愚かな私は、喜び勇んで処刑を実行する。その瞬間、錘に仕掛けられていた発火装置が火花を散らす。
この火花は、なんでもないところで試運転しても、金属が高速でぶつかったらこんな風になるのか、と勘違いさせる程度のささやかさだが……地面に油や導火線、火薬袋が仕掛けられていたならば、話はちがってくる。周辺はあっという間に炎に包まれ、調子に乗って見学にやって来ていた私も天国行きというわけだ」
「お前っ」
声を荒らげたショセは、私につかみかかろうとしましたが、屈強な死刑執行人に取り押さえられてしまいます。地面に近い位置まで頭を下ろされたところで、執行人の助手が刃物を取り出し、彼女の髪を、第四頸椎の少し上で刈り取りました。
「知ってるか? これを、『死刑囚のおしゃれ』と呼ぶんだ」
手に取った亜麻色の髪をショセに示しながら、私は嘲笑を浴びせます。
「お前が悪いのだ。すべてお前が悪いのだ……傷んでもなお美しいこの髪を失いたくなかったら、私になびけばよかっただけの話なんだ。革命の正義の体現とも言える、ギロチンを司るこの私に従わなかったお前のせいなんだ」
「あなたはギロチンにさえ仕えていない」
ショセは、暗い瞳で呟きました。
「ここに住んでいる私たちにだって、革命政府のビラや冊子に目を通したら、彼らが何を大事にしているか、少なくとも何を建前にして世の中をひっくり返しているのかくらい、はっきりと理解できる。あなたには、そんなこともわからない。変わらないわね。あなたはあの素晴らしい書庫の値打ちもわからずに、お屋敷でふんぞり返っていたはな垂れ小僧のままなのね。物事の本質を理解できないまま、愚かで孤独な最期を迎えるのでしょうね」
「愚かで孤独な最期はお前だろうが!」
再び落ち着きを取り戻したかに見えたショセに私は怒りを覚え、その頬に平手を喰らわせました。
「乙女」の下で跪く体勢を取らされたショセは、それ以上、何も口にしませんでした。普段使用しているギロチンとの違いに死刑執行人達は若干、戸惑っている様子でしたが、さすがは本職です。淀みのない動作で、ショセの頭上にある刃を固定していた金具を外しました。
なんのことはない日常のように、私が恋い焦がれた女の頭部はあっさりと胴体を離れ、用意されていた籠の中に収まりました。これも、ギロチン処刑の決まり事の一つです。籠の中の生首は、「乙女」の背後にいた私から見て後ろ髪が見える形で止まったために、顔が窺えません。
ショセの最期の表情を観てやろうと、私は籠に近づき、不快感に覆われました。
頭部だけになったショセは、なんと微笑んでいたのです! 生前、私に一度も見せてくれなかったその笑顔は、私を不安に陥らせました。
――なぜだ。発火装置は取り除いたぞ。私もろとも辺り一帯を焼き尽くすという浅はかな目論見は水泡に帰したはずだ。ならば、なぜこの女は最期に笑ったのか。ある種の清涼感さえ感じさせる、やわらかい笑顔を浮かべているのか。
私は何かしくじったのか?
発火装置の他にも、罠が仕掛けられていたのか?
導火線や油袋は、ショセにとって、看破されても構わない、第一の罠にすぎなかったのか?
恐怖にかられ、私は周囲を見渡しましたが、何も起こりません。
ショセのあの表情は、敗北を知った女の諦念が反映されていただけなのか……胸を撫で下ろし、私はこれからも公訴官の職務を全うしようと誓ったのです。
翌日、到着した派遣議員は、茫洋というか覇気がないというか、御しやすそうに見える中年男でした。派遣議員と言えば演説によってルイ十六世を死に追いやったサン=ジュストのような辣腕を想像していたのですが、このような御仁なら怯える必要もなさそうだ、と私は内心でほくそ笑んでおりました。
視察への応対は、滞りなく進行していきました。派遣議員の質問や要求は常識的な事柄に留まり、無理難題をふっかけてきたり、法文の解釈について異論を振りかざしたりしてくることもなく、むしろ向こうが下手に出るような場面もあり、私は安堵しました。
私の働きぶりと献身は中央にまで伝わっており、派遣議員達も私に対して敬意を抱いているのでは?
さらなる出世も望めるのでは?
中央政府への進出、選挙、国会議員……バラ色の未来予想図が、私の脳内に広がり始めておりました。
「先日、反革命分子によって、処刑台とギロチンが焼かれてしまったとか」
派遣議員が重要な事柄を俎上に上げたため、私は思考を未来から現在に呼び戻しました。
「お恥ずかしい限りです。まさか、反革命分子への威力の象徴とも言える、ギロチンを失ってしまうとは」
「起こったことは仕方ないとして、代わりのギロチンは手配済みですか? 実は中央でも処刑件数が増えており、すぐに調達はできそうにないのです」
「ご心配なく、街の鍛冶屋に製造を命じております」
「早くて数日、長引けば数週間かかるとして、その間、処刑は中止するのですか」
「その点についても、対応は終わっております」
機転が利く人間であると証明できる好機でした。私は自信満々に答えました。
「とある筋から、ギロチンの原型の一つであるらしい、スコットランドの処刑器具を入手いたしまして、とりあえず、そちらを代用に充てるつもりです」
ふいに、ゆっくりではありましたが、派遣議員の顔が曇りました。
「処刑器具とは、『スコットランドの乙女』ですか」
「ご存じでしたか。実はすでに一名、処刑に使用しております」
「それはショセという女ですか? ギロチンが燃えたせいで、処刑が中断された、貴族の血を引くという……」
不穏な空気を感じなくもなかったのですが、このときの私は自分が窮地を脱したと信じて疑っておりませんでしたから、満面の笑みで「はい」と答えました。
「このやりとりは、書面にまとめて中央へ報告する可能性があります」
派遣議員の声が少しだけ硬さを帯びて聞こえました。
「その上で、もう一度確認します。ショセという罪人の処刑に際し、『スコットランドの乙女』を使用する判断を下したのはあなたなのですね」
何か不穏さが膨らんでいく気配に戸惑いながらも、私はそうですと答えました。
「あなたは、ショセという女が貴族の末裔であることを、以前から知っていたのですね」
「……知っておりましたが」
何かを間違えた、踏み外したという感覚に襲われました。目の前にいる派遣議員は、ぼんやりとした顔立ちのまましばらく黙っていましたが、やがて、大きな息を吐き、言いました。
「我が国において、『スコットランドの乙女』を貴族階級に関わりがある罪人の処刑に使用するという行為が、革命政府や革命という概念自体への決定的な侮辱を意味するもので、国家への反逆行為に見なされる可能性があるとわかっていたのですか」
空気が凍り付いたような感覚でした。
――このお偉いさんは、何を言い出すのか。
――「乙女」の構造は、ギロチンとほとんど変わらないじゃないか。
――あんた方派遣議員は、反革命分子と見なされた連中を、船に閉じ込めて水の中に沈めるという処刑方法さえ、許容したじゃないか。
――古びたスコットランドの処刑器具を活用しただけで、何の罪に問われるというのか。
答えを求めて視線で懇願する私に、派遣議員は冷たい言葉を返します。
「本当に知らないのですか? あなたは革命政府が、ルイ十六世の時代に原案が考案されたギロチンを使い続けているのはなぜなのか、理解していないのですか」
「知っておりますとも。ギロチンは真の平等を体現するためのもの」
ここで下手な受け答えをすれば一巻の終わり。私は慎重に表現を選びながら答えました。「犯罪者の地位や身分に関係なく、迅速に、苦痛を与えることなく処刑を遂行するために作られた処刑器具であるからこそ、革命政府の時代になっても使用されているのでしょう? 王も貴族も市民と同じように処刑されるのです」
「『乙女』が導入された十六世紀に、そのような理念が存在したと思いますか」
私は言葉にならないうめき声を発しました。
「当時のスコットランドにおいて『乙女』が導入されたのは、現在のギロチンと同様に、苦痛を与えることなく処刑を行うためでした。しかしながら、その対象はすべての人民ではなく、貴族などの身分が高い人間に限られ、それ以外の人間は絞首刑が適用されていたそうです」
なんということだ。
私は自分が決定的な間違いを犯していたと悟りました。「乙女」は外観と機能がギロチンに似通っていたために、ギロチンの代用品として使用しても問題ないと思い込んでいたのです。しかしながら、歴史的な文脈というものがあります。貴族の首を落とすために採用されたという処刑器具を、そのいわれ通り、ショセに使ってしまった。
「ショセという女は、貴族の末裔で、あなたの知り合いだったそうですね。我々としては、こう疑わざるを得ません。あなたは隠れ王党派で、貴族の末裔が処刑されるに際して、特別な方法で葬ってやるべきと考え、ギロチンではなくわざわざ策を弄して『乙女』を持ち出したと」
この期に及んで私は、些細な振るまいが拡大解釈され、許されざる罪として糾弾されることの危うさを学びました。
外国人にパンを与えただけで処刑される情勢なのです。公訴官ともあろうものが、知人を貴族と見なし、一般市民とはちがう処刑器具を使ったと解釈されてしまったら、罷免程度で済むとは思えません。
「誤解です。私はただ、ギロチンの替えとして『乙女』を使っただけなんだ。誓って反革命思想など、抱いてはおりません!」
「そうかもしれませんが、そうでないのかもしれません」
派遣議員は同情するように眉尻を下げ、
「あなたがこれまでに関わった裁判を思い出してください。容疑者から受ける印象では『無罪』と感じても、厳然たる事実の積み重ねは、その者を有罪にしたはずです」
私の弁明は通りませんでした。
なぜなら後日、父親の書庫に残されていた書物の中に「乙女」の歴史について語る記述が見つかり、当然、現在の持ち主である私は、「乙女」とギロチンの決定的な差異について理解していたものと見なされたからです。
これこそが、ショセの最期の罠でした。火薬で私を道づれにできたらそれでよし。もし私が火薬の仕掛けに気づいても、スコットランドの処刑器具についてろくな知識を持たないだろうから、「乙女」による処刑を敢行するに違いない。処刑が終わった時点で、この罠から逃れようがなく、私の破滅は決定づけられている。その結末を読んでいたからこそ、彼女の死に顔は笑みを浮かべていたのでしょう。
現在の私は公訴官の地位を失い、国家への反逆者として有罪が決定した状態で、一人、牢獄で震えております。
神よ、この私の愚考をお許しいただきたい。
いえ、いいえ、私は本当に、神に許しを求めているのでしょうか。私がないがしろにしたあげく復讐されたのは、革命政府の人間も尊重していた「知性」そのものではなかったのでしょうか。私がショセたちと共にあの書庫で学び、亡父に感心されるほどの知識を身に付けていれば……それが叶わなかったとしても、父亡きあと、書庫をしっかり引き継いでいれば……ショセの仕掛けた「乙女」の罠に陥らずに済んだのでしょうか。
現在の私は、ギロチンに関する一つの噂に怯えております。
刃物に首を切断された人間が、その後もしばらく意識を有しているという噂です。腕を切断された男が幻痛を感じるように、五体を失った頭部は、全身が砕け散るような苦しみを味わう可能性があるという話です。
ああ、私は恐ろしい。私の首筋からも水色の液体が流れ、できものが「きゅう」と断末魔の叫びを上げ、血だまりは他の死刑囚のそれと年輪を形作るのでしょうか。
様々な事柄に怯えながら、己の愚かさを恐れなかった本当の愚かさこそを悔いるべきなのでしょうか。
あの無機質な刃が私の第四頸椎を断ち切るとき、本当に、すべてから解放されるのでしょうか。