「1回見ただけで同じ動きができる」
ジョセフはイースト・シカゴでクレーンの運転手として働いていた。ただし、その賃金だけで大家族を養うことは難しく、ジャクソン家は常に困窮していた。子どもの服を買う余裕もなく、着るものはすべて母親キャサリンの手作りであった。
キャサリンは元々バプティストであったが、ルター派に改宗し、さらにマイケルが5歳のときにエホバの証人に改宗した。改宗の契機は、ルター派の牧師の不倫が発覚したことであった。最初は家族中がキャサリンに感化されたが、特に信心深くなったのは、マイケルとラトーヤ(次女)、そしてリビー(長女)だった。
ジョセフが一時、クレーン運転手の職を解雇される憂き目にあったときは、ポテトを収穫する仕事を見つけ、その間は家族中、ポテト料理だけでお腹を満たしていたという。
このままではいけないと常に心のどこかで思っていたジョセフは、兄弟のルーテルと、友人3人と一緒にザ・ファルコンズというバンドを結成することを決意した。ジョセフらは小さなクラブやバーで演奏し始め、副収入を稼いだ。
外で他の子どもと遊ぶことを許されなかったジャクソン家の子どもたちは、父のバンドに入って歌うことに楽しみを見つけた。次男のティトーが父親が使っていたギターを弾き、他の子どもはそれに合わせて歌った。
一方、マイケルは他の子どもと違って、じっとしていられない子だった。
父親のジョセフは、当時のマイケルをこう振り返る。
「マイケルは、どこかおかしいのではないかと思うほど、いつも飛び跳ねていた。絶えず騒々しくふざけ回っていた。でもそれには理由があったのだ。のちにステージに立ったとき、マイケルは普段私たちの前でふざけてみせているのと同じことやってみせたのだから」
ジョセフとは逆に、母キャサリンは落ち着きのないマイケルを悲観してはいなかった。2010年にNBCが放送した「Dateline」という番組で、こう告白している。
「うちには、メイタグ(著者注=アメリカの家電メーカー)製のおんぼろの洗濯機がありました。私たちは大家族でしたので、新しいものを買うにも限界がありました。ですから洗濯機はとても古くなり、動かすとがたがた音を立てたのです。
その音が鳴り始めると、マイケルはおむつをつけたまま、洗濯機の音のリズムに合わせて踊っていたのを覚えています。そのダンスをみた時に、この子には才能があると思いました」
1歳を超えたくらいから洗濯機の音に合わせてダンスをすることができたというのだから、マイケルには生来の才能が備わっていたのだろう。
ジョセフは、毎日少なくとも3時間は子どもたちにリハーサルをさせた。
「マイケルが最初に歌を歌ったのは、4、5歳のときだった。最初に歌った曲は、『I'm a Big Boy Now』という歌で、それを聞いたときはファンタスティックだと思ったよ。
私の父がよく、マイケルをひざの上に座らせて、スピリチュアルな歌を一緒に歌っていたのを覚えているよ」
マイケルの声には力があり、しかもその声は澄んでいたという。そのうちにマイケルはジェームス・ブラウンを気に入り、彼の動きを真似し始めたとジョセフは言う。
「マイケルは1回見ただけで、同じ動きができる子だった。ブラウンの動きを真似して覚えると、今度は自分で動きを考えて踊っていた。
マイケルは非常にクリエイティブな子どもだったよ」
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