はじめに
日本の犯罪史の中には、いくつもの未解決事件が存在する。特に昭和の頃には、「迷宮入り」という言葉が頻繁に使われるほど未解決事件の数も多かった。また、その時代はそれだけでなく、解決したといわれる事件の中にも、自白の強要や証拠の捏造などによって犯人が仕立て上げられ、その真相が闇に葬られた「冤罪事件」も少なくなかった。今思えば、その頃の警察の捜査はまだまだ未熟なものだったと言えるのかもしれない。
その警察の捜査方法の転機となったのが、昭和も末期に当たる1984年(昭和59年)からその翌年にかけて世間を震撼させた「グリコ・森永事件」だろう。
江崎グリコ社長・江崎勝久氏の誘拐に始まり、毒入り菓子をばら撒くなどして数々の食品会社を脅迫したこの事件では、犯人が〝挑戦状〟を送りつけて警察やマスコミを愚弄し、警察による科学捜査の未熟さや、広域捜査における都道府県警同士の連携の不備など、捜査体制の脆さを浮き彫りにした。
この事件が教訓となったのだろうか。それ以降、警察の事件捜査は飛躍的に向上した。昨今では、未解決事件の数は決して多くはない。
たとえば、警察庁の「犯罪統計資料」の中の殺人事件の件数を見てみると、2007年~2016年の10年間の認知件数が1万567件だったのに対し、検挙件数は1万288件。つまり、約98%の事件が解決されているのだ。
そんな現代でも解決できない2%ほどの事件。その原因と真相を突き止めるべく、各メディアでコメンテーターとして活躍する警視庁の元刑事・北芝健氏の経験と洞察力を拝借して、事件の捜査を再検証したのが本書である。また、現在の現場の雰囲気をより忠実に伝えるための写真撮影には、ドキュメンタリー写真を数多く発表する写真家の谷口雅彦氏の力を借りた。
その2人のスペシャリストを迎えた本書が目的とするのは、独自のスクープ取材で突き止めた真犯人を披露することでも、ダークツーリズムを推奨することでもない。
真に目的としているのは、事件を振り返り、今の現場を伝えることで、事件の風化を防ぐこと。それこそが第一義である。そのため、公訴時効が撤廃された「1995年以降の殺人事件」と、今も捜索が続く「失踪事件」、つまり現在も終わっていない事件のみを取り上げ、「プロファイリングの事例集」となるよう、事件の性質や犯人像をパターン別に括る構成にした。
新聞やテレビの事件報道は、その事件がどんなに衝撃的なものであっても、常に追い続けることはないだろう。
だが警察は、事件が解決するまで執念の捜査を継続している。
たとえば、2004年に茨城で女子大生が殺害された事件の犯人が2017年に逮捕された例もある。この事件で捜査本部は毎年、遺体発見日に合わせて情報提供を呼びかけるキャンペーンを展開し、それによって約360件の情報が寄せられたのだという。4185日で3万3910人の捜査員を投入した執念の捜査が結実したのだ。風化さえしなければ、いつの日か未解決事件は解決できることの証明だ。
なお本書は、2012年から2016年にかけての約3年半にわたって週刊大衆増刊『増刊大衆』に掲載された『元刑事・北芝健が読み解く「迷宮入り事件」の深層 あの未解決事件現場を歩く』という連載の一部を再収録したものだが、そのうちのいくつかは全面的な改稿を施したものであることを最初に付しておきたい。理由は、雑誌掲載時に収録しきれなかった情報や、掲載後の報道や文献の発表によって新たに判明した事実を基にした再検証を加筆しているからだ。その意味では、本書は、いわば2017年時点における〝北芝プロファイリング〟の最新版であり、完全版だと言えるだろう。
本書が未解決事件の風化防止と、事件解決への一助となれば、何より幸いである。
文庫化にあたって
『迷宮探訪 時効なき未解決事件のプロファイリング』が2017年に刊行されてから、9年の歳月が過ぎた。前述したように、本書はもともと、2012年から2016年にかけての約3年半にわたって週刊大衆増刊『増刊大衆』に掲載された『元刑事・北芝健が読み解く「迷宮入り事件」の深層 あの未解決事件現場を歩く』という連載の一部を再収録したものであり、取材時からは14年が経っているものもある。
その年月の間に、ここに掲載する事件のうち、犯人が逮捕され、真相が明らかになった事件もいくつかあった。それはまさに、警察の粘り強い捜査の賜物だと思う。
厳密に言えば、今となっては、それらは「未解決事件」と呼べるものではな
いのかもしれない。本書の目的である「事件の風化の防止」と「事件の解決」という観点からは、ここに再収録することに違和感を覚える読者もいることだろう。
だが、真相が見えてきた事件でも、全貌が明らかになったとは言えない事件もある。そして、事件が解決したことで、長らく解決できなかった理由が見えてきた事件もある。それらを再検証して、〝なぜ未解決事件となってしまったのか〟を追究することも、未解決事件を追ううえで大きな意義のあることだと考えた。
そのため、雑誌連載から単行本を刊行した際、または単行本から文庫化した際の内容をそのまま掲載したうえで、事件の顛末とプロファイリングの再検証を加筆して、ここに収録したことへのことわりを入れさせてもらいたい。
今後も、これらの事件が解決することを切に願う。
『迷宮探訪 時効なき未解決事件のプロファイリング』は全2回で連日公開予定