凄腕の岡っ引でありながら、時には罪人の境遇に涙し、法を超えて救いの手を差し伸べる。船宿『笹舟』の主・弥平次の裁きには、現代の私たちが忘れかけている「粋」と「情け」が溢れています。脇を固める手下たちの人間味あふれる活躍や、シリーズを跨いで描かれる彼らの人生。全六巻というボリュームが瞬く間に過ぎ去る、痛快で温かな捕物ワールドの幕が、新装版として再び上がります。
書評家・細谷正充さんのレビューで、『柳橋の弥平次捕物噺〈一〉影法師〈新装版〉』の読みどころをご紹介します。

■『柳橋の弥平次捕物噺〈一〉影法師〈新装版〉』藤井邦夫/細谷正充[評]
魅力的な主人公と手下たちが、事件を追い、人々を助ける。これぞ人情捕物帳の決定版だ。
藤井邦夫の「柳橋の弥平次捕物噺」シリーズ全六巻が、新装版として復刊されることになった。面白い作品が、長く読み継がれていくのは嬉しいことである。
江戸は柳橋にある船宿『笹舟』の主にして、名高い岡っ引〝柳橋の弥平次〟と、その多彩な手下たちは、本シリーズが初登場ではない。南町奉行所与力の秋山久蔵を主人公にした「秋山久蔵」シリーズで活躍していたのだ。だから本シリーズは、スピンオフ作品といってよく、久蔵も頻繁に絡んでくる。
さらに本書の第三話「大八車」では、弥平次が無実の人を助けるために、北町奉行所臨時廻り同心の白縫半兵衛を頼る。作者のファンにはお馴染みの、「知らぬが半兵衛」シリーズの主人公だ。本シリーズでもちょくちょく顔を出し、弥平次に協力してくれる。このように作者の二大人気シリーズと密接にリンクしているところが、ひとつの読みどころになっているのだ。
もちろん捕物帳としての魅力も抜群である。弥平次を狙う悪党たちの件と、行方知らずの亭主を捜しに常陸から出てきた、おとよという女の件が並走し、やがて意外な形でリンクする冒頭の「影法師」から、ストーリーは快調。小気味よい文章に身を委ねて、どんどんページを捲ることができるのだ。さらに下っ引の幸吉、托鉢坊主の雲海坊、夜鳴蕎麦屋の長八、船頭の勇次といった手下の躍動も楽しい。なお、この話では、おとよのために奔走する長八が大きく扱われていた。脇役にスポットが当たるのも、このシリーズならではの注目ポイントだ。
さらに弥平次の事件裁きにも注目だ。捕物帳の伝統である「罪を憎んで人を憎まず」の精神で、同情の余地のある罪人を見逃し、過酷な状況に陥った人を助ける。弥平次と周囲の人々の人情味あふれる言動に、心が温かくなった。そこも本シリーズの、たまらない魅力になっているのである。
そうそう、シリーズは六巻で完結だが、弥平次たちのその後は、「秋山久蔵」シリーズと「知らぬが半兵衛」シリーズでも描かれている。興味を抱いた人は、そちらにも手を伸ばしてみてほしい。