隠密の存在は知られていても、隠密が成す「疑似家族」はよもや知られていまい。幼少の頃より一撃必殺の技を学んだ妻、底知れぬ手練れの美麗な夫、潜入の達人の義弟、抜群の記憶力を備えた嫡男──彼らは老中が選び抜いた、なんら血縁関係のない「暗殺一家」だったのだ。嫁いだばかりの妻は即席の家族に戸惑いながらも「仕事」となればきっちり殺る。時は文政、江戸の闇に潜む卑劣な悪党を始末人一家が力合わせてご成敗! 痛快無比の新シリーズ爆誕!!
「小説推理」2026年1月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『姉上、ご成敗ねがいます①』の読みどころをご紹介します。

■『姉上、ご成敗ねがいます①』馳月基矢 /細谷正充 [評]
疑似家族の一員となった小夜が、始末術を駆使して悪を討つ。ユニークな設定の時代アクションだ
双葉文庫では、「拙者、妹がおりまして」「義妹にちょっかいは無用にて」シリーズでお馴染みの馳月基矢が、新シリーズを開始した。書き下ろし作品の『姉上、ご成敗ねがいます』だ。主人公の小夜は小普請組の吉竹家から、知行高五百石で勘定吟味役の酒井家当主の菊之進に嫁いだ。といっても、どちらの家も裏の顔がある。小夜の父親の篤兵衛は、公儀隠密の始末屋だったのだ。小夜には弟の由利之丞がいるが、父親は彼女にだけ始末術を仕込んでいる。
しかし父親が唐突に姿を消した。小夜は酒井家に嫁ぎ、由利之丞は火付盗賊改方の滝沢将監の養子になったのである。ちなみにシスコンの由利之丞は吉竹家の裏の顔を知らない。
やはり公儀隠密の一家である酒井家。菊之進の他に、彼の弟の蘭十郎と嫡男の梅千代がいる。だが3人に血の繫がりはない。つまりは疑似家族だ。そこに入っていった小夜は、徐々に酒井家の人々に馴染みながら、ある事件を追うことになるのだった。
本書は全4話で構成されている。第1話は、嫁いだ小夜が、いろいろ戸惑う様子が描かれている。酒井家での暮らしは思ったより快適だが、八歳の梅千代には隔意を持たれている。また小夜は、裁縫や料理は苦手だし、世間的な常識も乏しい。そんな彼女が、しだいに3人と本当の家族のようになっていく。小夜が育てる朝顔をシンボリックに使い、作者は彼女の感情と状況の変化を、巧みに表現するのだ。
さらに1話ごとに、3人の抱える事情や人生が明らかになっていく。なかでも菊之進の抱えている秘密は意外。そのネタが出てくるのかと驚いた。
一方で、酒井家に迷い込んできた飛べない鳥を切っかけに、大藩の犯罪が明らかになっていく。由利之丞から情報を得たりしながら、巨悪に迫っていく一家の活躍が楽しい。吹き矢や棒手裏剣など暗器を得意とする小夜のアクションも楽しい。今後の展開が楽しみなシリーズなのである。