宗教2世や家族が抱える問題を描いてきた漫画家の菊池真理子さんが初めてのエッセイを刊行した。テーマは、半年間過ごした蓼科での賃貸別荘の暮らし。山の風景は想像するだけでも癒され、新しい暮らしや人との出会いによって未知の自分と向き合う様子は勇気づけられる内容だ。執筆の裏側や、「おためし」のその後についてお伺いした。

 

取材・文=編集部

 

 

賃貸別荘という選択を知って、これならためせるかもしれないと思うようになりました

 

──普段はマンガを描かれている菊池さんの初めて文章だけで綴ったエッセイになります。漫画と比べて、文章の表現はどうでしたか? もとから文章を書くこともお好きだったのでしょうか。

 

菊池真理子(以下=菊池):そうなんです。マンガも文章も好きで、小学生の頃から書いていました。ただ当時はマンガを買ってもらえなかったので、読んだ本の数でいえば、小説などの方が圧倒的に多いですね。そのせいというわけでもないですが、絵を描くのは上達しなくて、図工の成績は2、国語は5みたいな状態でした。よくマンガ家になれたなと思います(笑)。

 

 今回初めて仕事として長い文章を書きましたが、読者さんに読んでいただけるようなものを書くのは、やはり難しかったですね。スラスラ書けたと思って読み返すと、すごくひとりよがりだったりして。風景描写にしろ、心情にしろ「マンガだったら背景描いて終わり、トーン貼って終わりなのに…」なんて思いながら、うんうん唸っていました。

 

 マンガには「ネーム」という、ストーリー展開やキャラクターのセリフなどを決める作業があります。ネームを編集さんに見てもらって、OKが出たら原稿に入るんです。なので極端に言えばネームまでが頭脳労働で、描く段階からは肉体労働になるんですよ。ところが文章は、最初から最後まで頭脳労働。気が休まる時がなくて、書いている間は頭から煙が出そうでした。

 

 なんて、つい大変だった話ばかりしてしまいますが、全部幸せな苦労です。あらためて書くことが好きだと感じました。

 

──テーマとなった賃貸別荘の暮らし。どれくらい前から興味があったのか、きっかけなどもあれば教えてください。

 

菊池:たしか2018年頃から、友達が軽井沢に賃貸別荘を借りだしたんです。何度か遊びに行って、これはいいなと。夏だけの滞在でしたが、なんといっても涼しいですしね。軽井沢の中心部に近いところでしたが、庭の家庭菜園にキジが来たりしていました。

 

 私は昔から自然が好きなので、自然の中での暮らしを夢見ていましたが、現実には難しいだろうと諦めていたんです。けれど賃貸別荘という選択を知って、これならためせるかもしれないと思うようになりました。

 

──数ある別荘地や山のなかでも、蓼科を選ばれた理由を教えてください。

 

菊池:空き別荘があったのがたまたま蓼科だったという経緯ですが、最初から長野県内で探していました。関東から近くて行き来しやすいですし、登山が趣味なので、日本アルプスや八ヶ岳のある長野は憧れの県だったんです。蓼科山にも登ったことがあり、その麓に住めるなんて最高という感じでした。実際に物件を見たらひとめ惚れして、その場で住むことを決めました。

 

 唯一のマイナスポイントは、蓼科は標高が高すぎて作物が育たず、家庭菜園ができないこと。たとえ育ったとしても、鹿に食べられるだけだそうです。でも長野の野菜は安くておいしいので、結果的には自分で育てなくてもよかったですね。土いじりをしなくてもいくらでも自然に触れられるし、野生動物に囲まれた環境の方が、私にはいい体験となりました。

 

──今回、菊池さんが経験された「おためし山暮らし」に向いている人はどんな人だと思いますか?

 

菊池:やっぱりひとりでいることが好きな人、苦にならない人でしょうか。あとは「死なずに生まれ変わりたい人」とか。まったく違う環境で、まったくの別人として人生をリスタートするの、楽しいと思います。その意味では、誰でも「おためし山暮らし」に向いていると言えますよね。ひとりはイヤだという人も、ひとりが好きな人として、リスタートを切ればいいわけですから。おためしでそんな人格をやってみて、ダメだったら元に戻ればいいと思います。どうでしょう? 無茶苦茶ですか(笑)?

 

──本書は半年間の山暮らしについて綴られました。それを経て、本格的な移住の計画をされているのか? 新しく賃貸別荘をさがしているのか? 現状を教えてください。

 

菊池:この翌年に、日本中あちこち旅してみたんですよ。どこも素敵なところばかりでしたが、やはり住みたいとまで思うのは、蓼科でした。もう「おためし」は必要ないので、できれば移住したいですね。実は去年から安い中古別荘を探しているのですが、なかなか条件に合う物件が見つかりません。夏仕様の別荘が多いので、通年住もうと思うと限られてしまうんです。冬の蓼科は、夏向きの別荘では暮らせないほど厳しいので。

 

そんなわけで完全移住にこだわらず、二拠点生活でもいいかなと思い始めているところです。

 

──出会いと交流も多くあったことが書かれています。とくに衝撃だったり、記憶に残っていたりする出会いについて教えてください。

 

菊池:出会った人のほとんどが衝撃的な人たちでしたが、その中でも特にと言えば……やっぱり東大院生の大桐さんでしょうか。本当に個性的な人でした。ぜひ、エピソードを読んでいただきたいです。大桐さんのような人が引っ張っていってくれるなら、日本の未来は明るいと思わせてくれた人でした。

 

 あとは別荘地にはセレブの方もいらっしゃるので、生活の違いに驚くこともありましたね。価値観や感じ方など、まるで違うんだなあと思ったことを覚えています。普段の生活では出会わないような方とお話するのは、これまで手を出さなかったジャンルの本を読むような面白さがありました。

 

──年齢に関係なく新しいことを始める経験は、読者にも刺激になると思います。現在、菊池さんが気になっていることや、新しく始めたいと思っていることがあれば教えてください。

 

菊池:移住できたら、あちこちDIYしたいです。まずは石を組んで焚き火台を作ろうとか、そんなことばかり妄想しています。以前から簡単な木工などはやっているのですが、本格的な作業に挑戦してみたいですね。

 

 それからなぜか突然、切り絵を始めました。絵を描くのもパソコンなので、アナログ作業が恋しくなったみたいです。でもすでに飽きてきているので、このインタビューが載る頃にはやめているかもしれません(笑)。

 

──これから本書を手に取る読者へ、読みどころや注目してほしいポイントを教えてください。

 

菊井:私のダメさ加減を笑って読んでください。恋愛の話など、恥を忍んで赤裸々に書いたので、アラフィフになってもこんな人もいるんだなと笑ってくだされば報われます(笑)。

 

 あとはもちろん、美しい自然と、自然体な人々に囲まれた山暮らしを追体験していただければ。読み終わって、実際に蓼科に行ってみたいと思ってくださったら、最高にうれしいです。