奥方様と姫様が手を組んで難事件を解決していく痛快時代小説新シリーズが開幕した。
 美濃御丈藩藩主の正室・彩智は美貌のうえ、剣の腕も天下一品。おまけに好奇心も人一倍旺盛で、娘の佳奈を巻き込んで、いろんなことに首を突っ込むのが得意。そんな折、御丈藩出入りの菓子舗・満月堂の羊羹を食べて体調が悪くなる者が続出する。懇意にしている常陸谷原藩の側室・初音までも、満月堂の菓子を食べて具合が悪くなったと聞いた彩智は、佳奈とともに持ち前の好奇心で事件の真相を調べ始める──。

 書評家・細谷正充さんのレビューで、『奥様姫様捕物綴り 1 甘いものには棘がある』の読みどころをご紹介します。

 

 

■『奥様姫様捕物綴り 1 甘いものには棘がある』山本巧次/細谷正充[評]

 

お気に入りの上菓子屋の危機に立ち上がったのは、なんと大名家の正室とその娘。高貴な母娘が事件の謎を追いかける。ユニークで愉快な捕物帳の開幕だ。

 

 山本巧次の時代ミステリーと聞くと、ユニークな設定を期待せずにはいられない。なにしろデビュー作の『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』が、江戸と現代を行き来するヒロインを主人公にした、とんでもない捕物帳であった。また、江戸の定廻り同心がタイムスリップした戦国時代で事件の謎を解く『鷹の城 定廻り同心新九郎、時を超える』もある。新シリーズの第一弾となる本書は、SF的な要素はないが、大名の正室とその娘が探偵役という、やはりユニークな設定の捕物帳なのだ。

 美濃御丈藩牧瀬家の江戸屋敷に出入りしていた上菓子屋「満月堂」の羊羹を食べて、体調を崩した者が続出した。ほとんどは町人で、数日で治ったそうだ。しかし常陸谷原藩の側室の初音は、なかなか具合がよくならない。そのことを知ったのが、御丈藩主の正室の彩智と、娘の佳奈だ。真っすぐな性格だが好奇心旺盛。千葉周作の教授により、剣の腕は免許皆伝。しかも娘と姉妹と間違われるほど、若々しい美貌を持つ彩智。懇意にしている初音だけが重症であることに不審を覚え、娘と共に市中に飛び出し、事件を追っていくのだった。

 将軍家や大名家の姫君を主人公にした捕物帳は、五味康祐の『まん姫様捕物帳』を始め、数は少ないが幾つかある。しかし大名家の正室とその娘が親子探偵として活躍する作品は、本書が初めてだろう。若衆姿や奥女中姿になって、平気で市中を歩き回り、関係者を訪ねるうちに、単なる「食あたり」とは思えない事実の断片が集まってくる。普通なら話を聞けない相手でも、身分でどうにかしてしまう彩智が愉快である。

 ただし事件の捜査自体は、オーソドックスなもの。行動的な彩智と、鋭い観察力を持つ佳奈が、名コンビとなり事件を推理する。一度は捨てた推理が、後になって復活する展開など、ミステリーの呼吸は抜群だ。また、ある新事実により捜査の方向性が変わり、時代ミステリーならではの真相に行きつく。実に作者らしい捕物帳になっているのだ。

 さらに登場人物の魅力も見逃せない。彩智と佳奈のコンビは当然として、彼らの警護役のはずが、いつのまにか調査に協力してしまう近習の板垣隆之介。大名家に手を出せないので、彩智たちを利用する北町奉行所の同心・萩原藤馬。堅物だが人間味のある、牧瀬家の江戸留守居役と奥女中……。そんな個性的なキャラクターたちが躍動する、賑やかで楽しいシリーズになりそうである。