二〇一五年に『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』(宝島社文庫)でデビューした山本巧次は、着実な執筆活動を続けて、現在までに十五冊の著書を刊行している。

 タイムトンネルというガジェットを使って、捕物帳と科学的な捜査を組み合わせたデビュー作はシリーズ化(既刊六冊)され、テレビドラマにもなった。

 時代ミステリの書き手としては、明治を舞台にした鉄道ミステリ『開化鐵道探偵』(東京創元社)と泥棒を主人公にしたピカレスク『江戸の闇風』(幻冬舎文庫)がシリーズ化され、それぞれ二冊ずつ出ている。日本海軍の士官が探偵役の『軍艦探偵』(ハルキ文庫)は時代小説とも現代小説とも言い難いが、非常に良く出来た作品であった。

『阪堺電車177号の追憶』(ハヤカワ文庫)は大阪の路面電車を通じて戦前から現代までの事件を描く連作、『途中下車はできません』(小学館)と『留萌本線、最後の事件』(ハヤカワ文庫)は北海道のローカル線が舞台、『希望と殺意はレールに乗って』(講談社)は昭和三十年代の鉄道計画をめぐるミステリである。

 鉄道ミステリが多いのも道理、作者は鉄道会社に勤務していた鉄道マンなのだ。最新作の本書にも、その道のプロならではの描写や情報がたっぷりと詰まっている。

 池袋駅を始点とする大手私鉄・武州急行電鉄に勤務する早房希美は、名刑事として知られた祖父のアドバイスを受けながら、日々の業務の中で遭遇した様々な謎を解き明かしていく。

 ほとんど人の通らない踏切で非常信号が灯る事件が頻発する「遮断機のくぐり抜けは大変危険です」、階段からの転落事故が家族の思わぬ秘密へとつながる「雨の日は御足元に充分ご注意ください」、奇妙なストーカー事件の意外な真相「危険物の持ち込みはお断りしております」、痴漢騒ぎが三千万円の盗難事件を暴く「痴漢は犯罪です」、特急列車の不審な乗客の意外な目的「特急のご乗車には特急券が必要です」。

 まったく無駄のないスピーディーな展開で不思議な謎が提示されるので、読者も希美の謎解きにあっという間に引き込まれてしまう。それでいて人間模様にはふくらみと余韻があるのが素晴らしいところだ。

 舞台となる武州急行の路線図まで掲載されるという凝りようで、一冊きりで終わってしまうのはもったいない。シリーズ化をぜひお願いしたい新作である。