ある雨の日、男性教師が何者かに刺殺された。目撃者もなく捜査は難航するが、事件から1年後、捜査に新たに星野警部が加わる。星野の手腕は警察内でも知られていたが、その一風変わった捜査方法に疑問をもつ捜査員も多くいた。そして、第2の殺人事件が発生した──。「星野警部」シリーズ、待望の第3弾!

「小説推理」2024年5月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『十字路』の読みどころをご紹介します。

 

「私は、どんな手を使ってでも犯人を逮捕します。私が何でもすると言った時は、本当に何でもします」  雨の中、小学校教師が殺された。目撃者はなく、遺留品もない。凶器も見つからず動機も不明。難航する捜査の中、星野警部が動いた。  五十嵐ミステリーは進化する 『誘拐』『贖い』につづく迫真の警察捜査小説!

 

十字路

 

■『十字路』五十嵐貴久  /細谷正充[評]

 

十字路で殺された小学校教師。単純な強盗殺人と思われたが、その裏には恐るべき真実があった。五十嵐貴久の「星野警部」シリーズ、待望の第3弾だ。

 

 五十嵐貴久の「星野警部」シリーズ、待望の第3弾が刊行された。といっても熱心な作者のファンでなければ、このシリーズのこと自体、知らないかもしれない。なぜなら超スローペースなのだ。現役総理大臣の孫娘が誘拐される第1弾『誘拐』は、2008年刊。児童連続殺人事件を扱った第2弾『贖い』は、2015年刊。そして本誌連載を経て、今年(2024年)、ようやく本書が上梓されたのである。

 雨の激しい夜、神代小学校の教師・織川俊秀は、自宅近くの十字路で、何者かに刺されて死亡した。ちょうど俊秀が殺される場面を目撃した、義娘の詩音の証言により、犯人の逃走方向はある程度確定された。また、財布が持ち去られていることから、強盗殺人の線で捜査が進む。それが犯人の偽装ではないかと疑う淀屋警部補は、癌により入院した。警部補の穴を埋めて捜査を継続するのが、『贖い』の事件を解決したものの、上司と揉めて異動してきた星野警部だ。『贖い』で縁のあった坪川刑事と組み、地道に関係者を当たる星野警部だが、新たな毒殺事件が起こり、事件は混迷の度合いを深めるのだった。

 という警察側のストーリーの合間に、高校1年生の詩音と、大学生の椎名流夏のエピソードが挿入される。2人はどちらも、飛びぬけた絵の才能を持っている。だが詩音の絵はしだいに変化し、流夏は絵を描くのを止めていた。また流夏は、同性異性を問わず好かれている。

 主人公の星野警部は、風采の上がらない中年男だが、元交渉人であり、多くの事件を解決に導いている。しかも独自の信念の持ち主であり、行動は果断だ。本書を読めば、そのことは明らかだろう。特に、あえて困難な道を選ぶ、終盤の彼の言葉は圧巻だ。

 もちろん刑事としての能力も抜群。かなり早い段階で、犯人が誰か分かっている。ミステリーを読み慣れている人なら、同じように犯人の名前を指摘できるだろう。だが、動機が不明だ。この興味で読者を強く引っ張るのである。そして、衝撃の真相にたどり着く。詩音や流夏の“絵”の使い方や、登場人物の絡ませ方など、全体の構図やストーリー展開が、巧緻に組み立てられている。実に優れたミステリーなのだ。

 それにしても「星野警部」シリーズは、どれも面白い。だから第4弾は、もっと短期間で刊行されることを、願っているのである。