刑務所ミステリー『看守の流儀』が大ヒットし、本書で初の警察小説に挑戦した城山真一。公私ともにがんじがらめの主人公・比留刑事の活躍とスリリングな展開は、読み出すともう目が離せない。第25回大藪春彦賞最終候補作にも選ばれた出色の警察小説が待望の文庫化。

「小説推理」2021年12月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『ダブルバインド』の読みどころをご紹介します。

 

日本の警察小説史上、 もっとも不運な刑事。  正義か?家族か?究極の選択  「主人公を追い詰める苦難と 熱くたぎるエモーションに、 読者の体も熱くなる!」――池上冬樹(書評家)

 

「主人公にかけられた負荷が多ければ多いほど、主人公に寄り添い、一喜一憂しながら物語の中を突き抜けることになる。最初から最後まで驚きと緊迫感が続くのである。この緊張、この迫力、このひねり、たまらないではないか。出色の警察小説といえるだろう」(池上冬樹・解説より)

 

■『ダブルバインド』城山真一  /細谷正充[評]

 

アポ電強盗を取り逃がして左遷が決定。血の繋がらない娘は家出。さらに駐在警官の殺人事件まで起こった。金沢東部署の比留刑事課長の明日はどっちだ。

 

 石川県の加賀刑務所を舞台にした連作短篇集『看守の流儀』でミステリー・ファンの注目を集めた、城山真一の新刊が刊行された。「小説推理」連載をまとめたものなので、既読の人もいるだろう。だが、是非とも本を購入してほしい。手元に置いておきたくなる、優れた作品だからだ。

 比留公介は、石川県警金沢東部警察署──通称「東部署」の刑事課長だ。有能で出世欲もある比留だが、アポ電強盗の新藤達也を取り逃がし、市民に怪我人を出したことが、大きな汚点となった。県警はマスコミに叩かれ、比留は左遷になるようだ。

 それでも部下たちと新藤を追い詰めた比留だが、再び取り逃がす。その翌日に、駐在所勤務の警官が殺され、拳銃が奪われるという事件が発生。防犯ビデオの映像から、新藤が犯人だと確信した比留は、彼の行方を推理する。

 こうした刑事の活動の一方で、比留の私生活が描かれる。半年前に妻が病死してから、彼は娘の美香とふたり暮らしをしていた。しかし比留と美香は、血の繋がりはない。そのことを知った美香は、高校を不登校気味になり、ついに家出してしまったのだ。どうやら美香は、実の父親のことを知りたいらしい。公私共に厳しい状況に置かれながら、事件を追う比留は、やがて極限の選択を迫られる。

 比留の捜査が進むと、次々と意外な事実が明らかになる。どこまで内容に踏み込むべきか迷うが、美香の家出が新藤の事件に絡んでくることは、いってもいいだろう。とにかく一連の事件の真相は驚愕すべきものである。ミステリーの面白さは抜群なのだ。

 もちろん警察小説の魅力も忘れられない。県警から乗り込んできて、過去に因縁のある比留を目の敵にする刑事捜査一課長の冨島。石川県警初の女性署長の中池。捜査一課唯一の女性警部の南雲。冨島との出世争いに破れた相部……。それぞれの思惑や野心を抱え、警察組織の中で生きる刑事たちの言動も、本書の読みどころなのである。

 さらに、比留の人物造形にも注目したい。一連の事件の真相が判明したとき、彼は警察組織の保身と向き合うことになる。組織の論理と、刑事の正義感。娘への愛情も加わり、ふたつの選択の狭間で、比留の心は揺れる。それでも己の信念に従う彼の姿に、熱いものが込みあげた。

 なお本書のクライマックスは、金沢の名所になっている。今後、金沢に行く機会があったら、是非とも足を延ばし、見物したいものだ。