「SNSのちょっといい話」をテーマに人気小説家が集結したアンソロジー『#ハッシュタグストーリー』。発売前から重版が決まり、話題を呼んでいる。Instagram、X、TikTokなど誰もが各種ツールを使う時代になり、SNSは良く悪くも生活の一部となっている。扇動的な炎上もあれば奇跡の連鎖のようないい話の拡散もあるが、本作に収録された4篇は心が温まる話ばかり。
「小説推理」2024年4月号に掲載された書評家・三宅香帆さんのレビューで『#ハッシュタグストーリー』の読みどころをご紹介します。
■『#ハッシュタグストーリー』麻布競馬場 柿原朋哉 カツセマサヒコ 木爾チレン /三宅香帆 [評]
SNSが私たちの心を支えてくれたあの日のことを、覚えていますか? 新進気鋭の作家たちによるSNSをテーマにした短編集が刊行!
ハッシュタグ、という言葉が人口に膾炙してどれくらい経つのだろう。ハッシュタグをつけると、同じ話題についてSNSで投稿している人を見つけることができる。思えばハッシュタグがみんなの共通の道具になってからというもの、インターネット=みんなで何かの話題を共有し共感し合う場、という印象はどんどん増幅しているような気がする。
みんなの共感はいい面にもわるい面にも暴走しやすい。最近はSNSの酷い面ばかり注目されるようになってきた。だとすれば、SNSの素敵な面は、本当に存在しないのだろうか? ──その問いの答えはここにある。本書は、SNSをテーマにした短編小説集である。
麻布競馬場「#ネットミームと私」は、ネットで拡散されているある画像についての物語だ。写真について、主人公の好美は情報収集を始める。SNSにおける情報の拡散性といえば、マイナス面ばかり取り上げられがちだ。が、本作品の面白いところは、そのプラス面にあくまで光を照らしている点である。情報が拡散して助かる人も、世界にはたしかに存在している。
柿原朋哉「#いにしえーしょんず」は、ショッピングモールのファストフード店で働く26歳である瑞姫の、「ヲタク」的日常について綴る。ネットのなかのリテラシーや暗黙のルールは日々変わっていき、親からの態度もどんどん変化する。そんななかでSNSは、彼女の心を守る防波堤ともいえる役割を果たす。
カツセマサヒコ「#ウルトラサッドアンドグレイトデストロイクラブ」において、SNSは高校のクラスのコミュニティを維持する役割を果たしている。クラスの流行語としてSNSに登場したある言葉は、結果的に、主人公のピンチを救う。そんなふうに人の心を掬い上げることがあるのか、とSNSの効用に驚かされる一編である。
木爾チレン「#ファインダー越しの私の世界」は、子供を産んで専業主婦になった夕が、自分のインスタをひらいたところから始まる。子供の夜泣きがひどいなかで見つけたのは、元彼からの「いいね」。眠れない夜をSNSが支える、そのときのきっと誰もが経験したことのある感情を描いた物語なのだ。
どの作品を読んでも、SNSが人の心の柔らかい場所をぎゅっと握っている様子がよくわかる。SNSに傷つくときもあるけれど、SNSに支えられてきたこともたしかなのだ、と私たちに確認させてくれる一冊となっている。