『源氏物語』の主人公・光源氏の生涯はままならぬ恋の連続だった──禁断の初恋、不倫、略奪愛、一目惚れからの誘拐……。大人になってから読みかえすと衝撃エピソード連続の古典を恋愛エッセイの名手・島村洋子さんが超わかりやすく現代語訳しました。これ一冊で『源氏物語』がまるっとわかる最速最短の入門書!

「小説推理」2024年1月号に掲載された書評家・門賀美央子さんのレビューで『まるわかり!これからはじめる源氏物語』の読みどころをご紹介します。

 

『源氏物語』全54帖のストーリーがぎゅっと一冊に! 恋愛エッセイの名手による、すらすら楽しく読めて 教養が身につく現代語訳

 

 

■『まるわかり!これからはじめる源氏物語』島村洋子  /門賀美央子 [評]

 

雅やかな平安ことばや華々しい宮中絵巻を玩味するのはひとまず後回し。とにかく最速最短、大急ぎで「源氏物語」の肝をつかみ取りたいあなたに最適の入門書

 

 年明けまもなく紫式部が主人公の大河ドラマが始まるというので、今現在、多くの書店に「源氏物語」コーナーが設置されている。源氏は何と言っても日本古典文学の王様であり、古典学習の必須教材。関連本は原文の翻刻から文豪による現代語訳、さらにはマンガまでよりどりみどりだ。一から読み始めるのには恵まれた読書環境ではあるが、いざ手を付けようとするとさてどれを選ぶべきか迷ってしまう向きも多いことだろう。

 もしあなたが原典から大きく外れたくはないが逐語訳までは必要とせず、まずはあらすじや雰囲気を知りたい、資料本としてのコスパも重視したいなら本書はぴったりだ。

 著者は古典文学の専門家ではないが、恋愛小説/エッセイのプロフェッショナルで男女の機微に通じている。そして、大変読みやすい文章を書く作家だ。そんな人が「まず最初に何を手にして良いのかわからなかったかつての自分にプレゼントできるような本」として作ったのだから、わかりやすいにきまっている。

「源氏物語」が難読なのは、本文が説明不足と情報過多という二律背反に満ちているからだろう。紫式部が想定していた読者は、同じ文化サークルに属するごく狭い範囲の貴族たちだった。よって共有する習俗や文化などの背景説明は省かれているが、それはつまり蚊帳の外の下々には何のことやらさっぱり、に繋がる。一方、登場人物の気持ちは和歌という情報を詰め込むだけ詰め込む31文字で表現される。これを読解しなければ彼らの心の動きは理解できない。そのため逐語訳では和歌の枕詞や掛詞まで説明されることになるが、初心者は細部の解釈に惑わされてしまう。

 その点、本書は訳出する部分を物語の流れや登場人物の心情に特化している。たとえば第一帖「桐壺」も誰もが知る「いづれの御時にか」はあえて無視し、いきなり「桐壺更衣が死んだとき光君はまだ三歳だったから、母の死の記憶はない」で始めているのだ。このような思い切った枝払いのおかげで引っかかりなく物語を追うことができる。だが、各登場人物の心の動きなど核の部分はゆるがせにせず、「彼らはなぜそう感じ、動いたのか」を丁寧に読みほぐす。だから、初読でも物語の本質を見失うことはない。また冒頭に人物相関図や舞台となる建物のイラストも入っているので、他の資料を探す手間も省ける。源氏を「これからはじめる」読者に名ガイドとして寄り添ってくれる一冊だ。