元目付で、剣の達人でもある愛坂桃太郎が、溺愛する孫・桃子のために奮闘する姿が読者の共感も呼び、たちまち人気となった「わるじい」シリーズ。新シーズン「わるじい義剣帖」の始動に合わせて、祖父と孫の絆という現代にもつながるテーマを扱う作品を書こうと思ったきっかけについて、著者に語ってもらった。
祖父が孫を可愛がるという構図は親近感を持ってもらえる。ただ、愛情を礼賛しすぎるようなものにはしたくない
──今回の「義剣帖」で3シーズン目を迎えた大人気の「わるじい」シリーズですが、本作を書こうと思ったきっかけについて、あらためてお聞かせください。
風野真知雄(以下=風野):最初は、『子連れ狼』が頭にありましたね。拝一刀の「われら、冥府魔道に生きる者」なんて台詞は大好きでした。ただ、あれほどハードな設定は、わたしの筆とは合わないから、刺客である父と男の子という設定を、隠居した祖父と孫娘という設定に変えてみたわけです。子連れ狼は、大五郎を乳母車に乗せて歩いていますが、わるじいのほうは、自分で背中におんぶしているという、だいぶゆるい絵面も浮かんで、よし書こうとなった次第です。
──祖父が孫を親以上に溺愛する構図は、現代にも通じるテーマかと思うのですが、こちらはご執筆の初期から意図されていたのでしょうか。
風野:もちろん意図していました。時代小説の読者は、圧倒的に50代から上なので、親近感も持ってもらえるだろうと。ただ、世のなかには、孫のいない年寄りだって山ほどいて、わたし自身も孫はいません。あまりにも、孫礼賛みたいなものにはしたくないという気持ちもありました。そこで、桃子は倅の不倫の子で、不憫な気持ちが先に立つとか、内孫たちとの距離とか、そこらへんは工夫したつもりです。
──シリーズとして巻数を重ねてきましたが、登場人物や物語の進め方について、何か変化してきた部分などはありますか。
風野:ほんとうは桃子をずっと赤ちゃんのままにしておきたかったのですが、どうしても成長してしまうので、これはどうしようもありません。その分、桃太郎のほうは老けていきますから、わたし自身が日々痛感している老いの情けなさや間抜けさなどは、自然と色濃くなっていくのだろうと思います。
──孫を溺愛するがゆえに奮闘する、愛坂桃太郎という主人公を描く際に、何か参考にしていることなどはございますか。
風野:先ほどお話ししたように、わたしはまだ孫がいないので、できたらさぞかし可愛いだろうなという思いで書いています。でも、桃太郎が桃子と触れ合うシーンを描くとき、なんだか犬猫を可愛がっているみたいな気持ちになることもあります。読者の皆さまにどう受け取られるか毎回冷や汗ものです。
──ほかにも様々な時代小説シリーズを手掛ける中、このシリーズをご執筆されるにあたって特に気にかけていることはなんですか。
風野:ぼくのシリーズはけっこう突飛な話が多いなか、これがいちばんホームドラマに近い設定なので、あまり人をバッタバタと斬りまくるようなことはさせず、日常の謎や人の心の機微などを中心に話を進めることにしていますね。
──最後に、今後のシリーズの展望などあればお聞かせください。
風野:こういうシリーズ物は、読者の支持があってのものですので、どれくらい書かせてもらえるかはわかりませんが、桃子が成長するにつれ、だんだん桃子の視点みたいなものが入ってくるのかもしれません。そうすると、物語の構造が多層的になっていくでしょうね。そうなったときの物語も書いてみたい気がします。
風野真知雄(かぜの・まちお)プロフィール
1951年生まれ。93年に『黒牛と妖怪』で第17回歴史文学賞を受賞し、デビュー。2015年に『沙羅沙羅越え』で第21回中山義秀文学賞受賞。「わるじい秘剣帖」「わるじい慈剣帖」(双葉文庫)、「極道大名」(幻冬舎時代小説文庫)、「耳袋秘帖」(文春文庫)、「新・大江戸定年組」(角川文庫)、「潜入 味見方同心」(講談社文庫)などのシリーズ、『歌川国芳猫づくし』『卜伝飄々』(文春文庫)、『お龍のいない夜』(小学館文庫)など著書多数。