ニュースやワイドショーを見ている時や、家族や友人と話す中で、なんとなく「モヤモヤ」することってありますよね。でも巧く人に伝えられず、自分の中に溜め込んでしまう人は意外と多いかもしれません。
『あなたの人生、片付けます』『老後の資金がありません』『うちの父が運転をやめません』などのベストセラーで、私たちの胸の内でとぐろを巻くそんなモヤモヤを解き放ってくれた垣谷さんが、遂にご自身の言葉で語ってくれます。

「小説推理」2023年6月号に掲載された、文筆家・門賀美央子さんのレビューで『行きつ戻りつ死ぬまで思案中」の魅力をご紹介します。

 

行きつ戻りつ死ぬまで思案中

 

■『行きつ戻りつ死ぬまで思案中』垣谷美雨  /門賀美央子[評]

 

他人から言われたことにくよくよしたり、町中での出来事に憤ったり……。世間に風穴を開ける痛快小説の名手による、喜怒哀楽が大忙しの初エッセイ集。

 

 垣谷美雨さんといえば、世知辛い現代社会で青息吐息の人々に小説で力強いエールを送ってきた作家だ。そんな人のエッセイなのだからズバリ言うわよ系なのかな、などと思いつつ読み始めた私は、すぐにあわてて台所にお茶とおやつを取りに行くことになった。これは姿勢を正して拝読するんじゃなくって、茶飲み友達と話をするように「うんうん、そうだね。いやいやそれは」をしながら読む本だと悟ったからである。だって冒頭いきなりスーパーで買ったぽんかんが不味くて絶望のどん底にいるんですもの。ぽんかんで絶望する人、初めて見た。

 垣谷作品の登場人物には『あなたの人生、片づけます』や『あなたのゼイ肉、落とします』に登場する大庭姉妹のようにインクレディブルな解決能力を発揮するタイプもいるが、多くはままならぬ日常に右往左往しながら、なんとかがんばって道を拓いていく。そこに共感する読者が多いから、次々とベストセラーになっているのだろうが、垣谷さん御自身はきっと大庭姉妹みたいな方なんだろう、と特に根拠もなく思っていた。だが、どうやらそんなことはないらしい。むしろ、人生手探り系作品の主人公たちと同じく、ああでもないこうでもないと考えながら、なんとか毎日をやっていくタイプ、っぽいのである。ちょっと意外だった。同時に、垣谷さんという人がぐっと身近に感じられた。

 今回収められたエッセイは2020年から2022年まで書き綴られたものだ。この期間、世界はコロナ禍という未曾有の事態にさらされていた(今なお継続中だが)。初めて経験したパンデミックは、映画みたいに打つ手なしの絶望感はないかわりに2時間半では終わってくれず、日常に絶えず不安と苛立ちを吹き込んでくるとても嫌なヤツだった。垣谷さんもあいつに翻弄されたようだ。けれども、単に心波立つだけでは終わらない。タイトルどおり行きつ戻りつ思いを巡らせながら、自分なりの着地点を見つけていく。惑いながら、でも前を向いて思案する。そして、その過程を率直に語る。時には愚痴や恨み言も交えながら。でもネガティブ・マインドだっておもしろい。人間だもの。

 ページをめくるごとに「私はこんなふうに日々ジタバタしているの。あなたもそう?」と問いかけてくる垣谷さんの声が聞こえてくる。私はそれに頷いたり、首を傾げたりしながら、一緒に思案の小道を歩く。そして、最後のページにたどり着く頃には10階建てビルの屋上から見た景色、ぐらいのスケールで私の視野も広がっていた。