飢餓、監視、密告、そして強制収容所。散り散りになった家族と再び会うことに希望を託し、ただひたすらに生を求めた少女モモ。

 国家による横暴にひとり立ち向かう少女を描いた心震える感動作、待望の文庫化。

「小説推理」2021年1月号に掲載された書評家・日下三蔵さんのレビューで『少女モモのながい逃亡』の読みどころをご紹介します。

 

少女モモのながい逃亡

 

少女モモのながい逃亡

 

■『少女モモのながい逃亡』清水杜氏彦  /日下三蔵[評]

 

農地を奪われ、家族を奪われ、人間としての尊厳さえも奪われかけた少女が逃亡の末にたどり着いた場所は、果たして……? 新鋭の力作長篇!

 

「小説推理」が76年から始めた長篇2回分載シリーズは、専門誌ならではの大胆な企画であり、これまでに数々の傑作を生み出してきた。

 田中光二『怒りの大洋』、多岐川恭『開化回り舞台』、西村京太郎『ゼロ計画を阻止せよ』、山田正紀『竜の眠る浜辺』、石沢英太郎『死の輪舞』、連城三紀彦『私という名の変奏曲』、大沢在昌『追跡者の血統』、泡坂妻夫『猫女』、岡嶋二人『眠れぬ夜の殺人』と執筆陣も豪華だ。

 本格ミステリに偏ることなく、SF、時代小説、冒険小説、サスペンス、ホラーと、多彩なジャンルの作品が対象になっているのも「小説推理」らしい。

 2021年の7月号と8月号に掲載された本書は、新鋭・清水杜氏彦の第3長篇である。著者は2015年に「電話で、その日の服装等を言い当てる女について」で第37回小説推理新人賞を、『うそつき、うそつき』(ハヤカワ文庫JA)で第5回アガサ・クリスティー賞を、それぞれ受賞してデビューした実力派だ。

 早川書房からは16年に第2作『わすれて、わすれて』が刊行されており、本書が4年ぶり3冊目の著書ということになる。「小説推理」には、受賞作を含めて短篇が6篇発表されており、そろそろ本にできる分量が溜まっているはずだが、短篇集より先に長篇でのお目見えとなった形だ。

 舞台となるのは1930年代の某国。作中で明記はされていないがソ連と思われる。大規模な飢饉のために政府は集団農業政策をとるようになる。いわゆるコルホーズである。すべての農民は組合員として働き、作物は政府のものとなるのだ。

 富農(土地を持つ農家)の娘として生まれた少女モモはすべてを奪われ、村からの脱出を計画する。死と隣合わせの逃避行のさなかに少年ユーリを道連れにしたモモは、なんとか2人で都会にたどり着くが、逃亡農民の子供が生きていくためには、物乞いか泥棒になるしか道はなかった。だが、ある日、警察に捕まったモモに、意外な運命が待っていた……。

 こんなに閉塞感と絶望感に満ちたロード・ノベルがあっただろうか。衣食足りて礼節を知る、というが、食べ物がないことによって、人間の持つ獣性が否が応でも暴かれ、これでもかとモモに襲いかかってくる。淡々と、しかし容赦のない筆致で語られる物語に震える。