2009年「本の雑誌」上半期エンターテインメント第1位を獲得、20万部を超えるロングセラーとなっている椰月美智子さんの『るり姉』。小学生、中学生、高校生の三姉妹が慕う叔母、るり子を軸に語られる日々は、女性同士ならではの賑やかさや、ささやかな幸せ、喜びに満ちています。コロナ禍の今、当たり前の日常がより愛おしく感じられる物語です。

 刊行から14年目を迎えた今年、新装版を発売するにあたり、著者の椰月美智子さんに作品に対する想いを綴っていただきました。
(撮影=市来朋久)

 

 

作家としての原点と、14年目の驚き

 

 14年前に刊行され、10年前に文庫になった『るり姉』が、文庫新装版となって発売されてとてもうれしく思っています。
 先日、次男の担任の先生から『るり姉』がとにかく大好きです、といううれしい言葉をもらったばかりです。その後の、るり子、さつき、みやこ、みのりが気になって仕方ないです、と。

 

 今回読み返してみて、大きな驚きがありました。

 

 一つ目は、自分が今執筆しているものと書き方が違う、ということでした。書き方というと漠然としていますが、読んでみて、勢いがあるなあと感じたのです。筆の赴くままに書いている感じ。それに比べて今のわたしは、少し頭でっかちになっているような気がしました。
『るり姉』を書いた当初は、実はこの作品に関して、自分自身あまりピンときておらず、重版がかかるたびに、どうしてだろうと不思議に思っていたものでした。当時は、「勢い」よりも「ちゃんとしたもの」を書きたかったんだと思います。
 そして今は「ちゃんとしたもの」よりも「勢い」をうらやましく思っているという有様です(「ちゃんと」というのは、話の筋や内容のことではなく、わたしだけが思う自身の「書き方」についてです。うまく説明できなくてすみません)。
 きっとこれから先も、こうやって悩み続けていくんだろうなとつくづく感じ、いつか心底納得できる小説を書きたいと心から思いました。

 

 二つ目は、この十数年で世の中はずいぶんと変わったということです。特にジェンダーについての理解は進歩がめざましいと、感じ入りました。14年前、わたしはほとんどなにも考えずに、無意識に男女の役割について書いていました。今読むと、ありえない! と、机の上に乗ってメガホンで叫びたいくらいです。
 ぼんやりと過ごしていたひと昔前の自分を叱咤するとともに、声を上げ続け、世の中をここまで変化させてくれた多くの皆様の行動に心からの敬意と感謝を表したいです。まだまだ変化の途中とはいえ、ほんの十数年前と今とではこんなにも違うのだと、うれしい気持ちで痛感しました。

 

 新装版には、『るり姉』の元となった掌編小説「川」も収録されています。『みきわめ検定』(講談社文庫 現在は絶版)という短編小説集に入っている一編です。

 

 わたしには3人の姪がいて、「川」は、当時の自分自身の経験をもとに書いたものです。彼女たちが幼い頃は、よく一緒に遊びました。さつき、みやこ、みのり。3人の女の子のその後を書きたくて『るり姉』という作品ができあがりました。
「川」も改めて読んでみて、ハッとすることがたくさんありました。わたしはこの作品が収録されている短編集が大好きでした。こういう話を書きたくて小説家になったんだよなあと、作家になった原点を思い出すことができました。今、このタイミングでそう気づけたことは宝です。

 

『るり姉』は、るり子をとりまく、3人の姪、姉、夫の物語です。
 今回の文庫新装版で、新たな読者の皆さまと出会えることを心からたのしみにしています。

 

椰月美智子

 

椰月美智子(やづき・みちこ)プロフィール
1970年神奈川県生まれ。2002年『十二歳』で第42回講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。07年『しずかな日々』で第45回野間児童文芸賞、08年第23回坪田譲治文学賞、17年『明日の食卓』で第3回神奈川本大賞、20年『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』で第69回小学館児童出版文化賞を受賞。主な著書に『14歳の水平線』『純喫茶パオーン』『きときと夫婦旅』など。