2022年のベスト・ブック

【第1位】

装幀=坂野公一(welle design)
写真=Shutterstock.com

『捜索者』
タナ・フレンチ 著/北野寿美枝 訳
ハヤカワ文庫

【第2位】
『魔術師の匣』

カミラ・レックバリ、ヘンリック・フェキセウス 著/富山クラーソン陽子 訳
文春文庫

【第3位】
『嵐の地平』

C・J・ボックス 著/野口百合子 訳
創元推理文庫

【第4位】
『われら闇より天を見る』

クリス・ウィタカー 著/鈴木恵 訳
早川書房

【第5位】
『暗殺者の回想』

マーク・グリーニー 著/伏見威蕃 訳
ハヤカワ文庫

 

 マーク・グリーニー『暗殺者の回想』は、刊行月の推薦作にもしなかったのに、この年間ベストに入れるのはおかしい――そう指摘されたら、すみませんと言うしかない。

 もちろん、理由はある。刊行月の推薦作にしなかったのは、若き日の回想を入れるという構成が、ヒーロー物語としてのこのシリーズには不向きであると考えたからだ。そう考え始めると、数作前から登場したヒロインも、このシリーズには不要だったのではないか、と気になってきた。

 なんだかこのシリーズが変わり始めているのではないか。その分岐点に私たちは立っているのではないか。そんな気がするのである。というわけで、思い切って当月の推薦作から落としてしまったのだが、年間ベスト5となると、そうはいかない。私が気になっているのは、このシリーズの縦の比較であり、その観点に立つと推薦作からは落とさざるを得ないが、同年に翻訳刊行された作品との比較ということなら(つまり今度は横の比較だ)、ベスト5に残さざるを得ないのである。これ以上の作品が5作以上あるなら、年間ベストからグリーニー作品が落選することもあり得たが、そんなこともないのだ。

 以上が、刊行月の推薦作からは落としながら年間ベストに入れた理由である。ちなみに、グリーニー作品を5位に置くのは、このベストの習慣で、どんなにすぐれた作品でも5位なのである。

 もう一つ、ただし書きをつけておきたいのは、年間4位に置いた『われら闇より天を見る』。普通に考えれば、これが2022年のベスト1だろう。

 これはいろいろな読み方の出来る長編だ。30年前に幼子をひき殺して刑務所に収監された男キングの懺悔の人生の記録であり、その幼なじみでいまは警察署長になっているウォークとの友情小説であり、さらにこの2人が付き合っていた2人の女性、スターとマーサとの回想の青春が、まぶしく語られていく小説でもある。まさに私好みの小説であるのだが、素晴らしいのはそれだけではないことだ。

 13歳のダッチェスが登場すると、その存在感に圧倒されて、完全にノックダウン。ダッチェスは飲んだくれの母親と、幼い弟を守る戦士である。たった1人で過酷な運命と戦う戦士だ。

 群を抜く人物造形と、秀逸な構成も素晴らしいが、ダッチェスというこの13歳の少女の魅力がいちばん。2022年の翻訳ミステリーのベスト1は、この『われら闇より天を見る』で鉄板、と考えていた。

 しかし、宝島社の「このミステリーがすごい!」、週刊文春の「ミステリーベスト10」、早川書房の「ミステリが読みたい!」で、まさかこの『われら闇より天を見る』が1位を独占するとは思ってもいなかった。すごいな、全部1位かよ。

 途端に、『われら闇より天を見る』を1位にするのが恥ずかしくなった。ちょうど1年前、逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』をオールジャンルの年間1位に推しながら、話題のベストセラーになった瞬間に、熱が冷めて1位作品を変更したことを思い出す。そんなに評判になっているのなら私が推すまでもない、そんな気持ちになるのだ。

 そこで、『われら闇より天を見る』は4位にまわし、1位にしたのが、タナ・フレンチの『捜索者』。実はこの作者の作品を読むのはこれが初。おお、こんなにすごい作家がどこに隠れていたんだ? 急いで、過去に翻訳されたタナ・フレンチの作品を買いに走った。それが、2009年から2013年に翻訳された『悪意の森』『道化の館』『葬送の庭』の3作だが、そんなに焦る必要はなかったと書いておく。

『捜索者』は、静かに幕を開ける。まず描かれるのは、アイルランド西部の小さな村の風景だ。ミヤマガラスが6羽、裏庭の伸び放題の湿った芝や黄色い花をつけた草むらのなかのなにかをつついては飛び跳ねている。どうやらウサギを狩っているらしい。その光景を見ているのは、カルという男だ。しかしこの段階ではカルがどういう男であるのか、読者にはなにも知らされない。

 カルの事情はゆっくりと立ち上がってくる。彼が妻と別れてこの地にやってきたこと。そのまえはシカゴ市警に勤めていたこと。週に一度は娘から電話がくること。大事なことはゆっくりと、さりげなく、語られていく。地元の子供が、行方不明になった兄を探してくれ、と訪ねてくるのが122ページで、そうか、これはミステリーだったんだ、とようやくこの段階で気がついた。このまま何も起きなくてもいいぞ、と思い始めたときだったが、このあとはきちんとミステリーになっていく。しかも、謎を解くだけで事態は解決しないという構成が秀逸だ。ネタばらしになりかねないので、これ以上詳しいことは書かないほうがいい。

 ようするに、自然描写が素晴らしく、人物造形もよく、この2点だけでも突出しているのに、構成まで群を抜いているのだ。自信をもって2022年のベスト1に推す。

 2位『魔術師の匣』と、3位『嵐の地平』に触れるスペースがなくなってしまったが、どちらも傑作だ。