人気連載「今月のベスト・ブック」の中から、各ジャンル別2021年のベストを選出!
コロナウイルスとの戦いは昨年から続き、未曾有の事態を反映した作品も生まれました。
読者の皆様にとって、この1年を表す作品は何でしたか?
答え合わせをするのもよし、新年の読書計画の参考にするのもよし。
本企画によって新たな作品と出会えますように!

 

2021年のベスト・ブック

【第1位】

装幀=関口聖司
写真=Tetra images/Getty Images

『父を撃った12の銃弾』
ハンナ・ティンティ 著/松本剛史 訳
文春文庫

【第2位】
『アメリカン・スパイ』

ローレン・ウィルキンソン 著/田畑あや子 訳
早川書房

【第3位】
『天使と嘘』

マイケル・ロボサム 著/越前敏弥 訳
ハヤカワ文庫

【第4位】
『獣たちの葬列』

スチュアート・マクブライド 著/鍋島啓祐 訳
ハーパーBOOKS

【第5位】
『暗殺者の献身』

マーク・グリーニー 著/伏見威蕃 訳
ハヤカワ文庫

 

 グリーニーはどんな傑作でも毎年5位にすることにした。そうしないと毎年1位になってしまうからだ。そんなベストはつまらない。5位が定位置だ。もう1人のお気に入り作家、カリン・スローターは作品の出来不出来で出し入れする。2021年の『スクリーム』には不満があるので圏外。並の作家なら十分に面白いが、スローターがこの程度では困るのである。ちなみに、この原稿は『凍てついた痣』の発売前に書いているから、その『凍てついた痣』は対象外。

 というわけで、2021年の1位は、『父を撃った12の銃弾』。これはホントに素晴らしい。たとえば、赤ん坊を抱いたリリーが湖の中から振り返るシーン。回想シーンのひとつだが、しんとした静けさを伝える美しい場面で、こういう強い印象を起こす場面が頻出するのだ。哀しい恋愛小説であり、奥行きのあるクライム・ノベルであり、余韻たっぷりの家族小説でもある。文句なしに2021年のベスト1だ。

 2位の『アメリカン・スパイ』がちょっと書きにくい。実はこの小説、内容をまったく覚えていない。ところが自分が書いた書評を読み返すと、もう絶賛なのである。それを全部引用したいところだが、そういうわけにもいくまい。マリーが幼い双子の息子のために書いた回顧録、という体裁を取っているが、その回顧がマリーの母親アガトが12歳のときから始まっているのもいい。マリーが幼いころの挿話も豊かだ。そしてマリーがCIAに入って、ブルキナファソの若き革命家に近づく任務を与えられる。だからもちろんスパイ小説ではあるのだが、姉エレーヌのこと、母アガトのこと、そういう要素が強いので、家族小説、姉妹小説の風情もあったりする──いやこれは全部、自分の書いた書評を見てまとめているのだが、ね、面白そうでしょ。まあ、私好みの小説といっていい。再読したいなあ。

 3位の『天使と嘘』は評判になった作品なので、改めてここに書くまでもない。しかし職務上そういうわけにもいかないだろうから、少しだけ書いておく。これは訳者の言葉を引くのがいい。リスベットの物語だと。スティーグ・ラーソンのミレニアム・シリーズで圧倒的な個性が際立っていた、あのヒロインの再来だ。臨床心理士サイラス・ヘイヴンが惨殺現場で発見された少女を引き取って一緒に暮らすところからこの物語は始まるのだが、イーヴィと名付けたその少女が、リスベットなのである。他人の嘘を見抜く特殊能力の持ち主ということだが、まだその能力が本格的に全開していないという弱みはあるものの、ロボサムの語り口が鮮やかなので、期待がぐんぐん高まっていく。ロボサムの作品は過去に2作翻訳されているが(2006年に集英社文庫から出た『容疑者』、2016年に早川書房から出た『生か、死か』の2作)、どちらも未読のような気がするので、以前からこのように面白いのか、このシリーズが例外なのか、判断がつかない。その2作を再読するか、それとも『天使と嘘』に続くシリーズ第2作の翻訳を待つか、ただいま迷っています。

 4位の『獣たちの葬列』はあとにまわして、グリーニー『暗殺者の献身』。マイルールに従って5位にしたが、アクション小説の熱狂的読者としては、2021年、いちばん面白く興奮したのはこの小説だ。まず、主人公のジェントリーは感染症が治りきらず、万全の体調ではないというハンデがあること。もうふらふらなのだ。とても戦う男ではない。これが1つ。もう1つは、今回の敵が最強であるということ。何が最強か。この敵は死を恐れないのだ。いつも死を考えているのである。いや、考えているだけではない。もっと平たく言うと、死のうとしているのだ。こんなやつには勝てない。驚愕のシーンがあるが、これは読んでのお楽しみにしておく。何なのこいつ。アクションの緊迫感と迫力はいつものように半端ないし、相変わらず、ぶっ飛んでいる。グリーニーと同時代に生きていてよかった、としみじみ思うのである。

 というわけで、最後に残ったのは、4位の『獣たちの葬列』。マクブライドを読むのは今回が初めてで、ロボサムと同様に、過去に2作、翻訳がある。2006年の『花崗岩の街』早川書房と、2015年の『獣狩り』ハーパーBOOKSだ。後者が、アッシュ・ヘンダーソンを主人公とするシリーズの第1作で、今回の『獣たちの葬列』が第2作。つまり、シリーズ第1作を未読なのに、第2作を読んだわけだが、それは「シリーズものは最新刊を読め」というのが最近の主張だからである。

 そうしないと、たとえばシリーズ第8作で気がついた場合は、過去の7作を全部読まなければならない。そんなことをしていたら大変だ。本はもっと自由に読みたい。最新刊を読んで面白ければ、それから遡ればいい。またそうしないと、シリーズものの部数はどんどん尻つぼみになり、版元が大変である。

 マクブライド『獣たちの葬列』はやや長すぎるのが欠点だが、全編に漲る暴力の香りが気になる。アクション小説の愛好者として、これは見過ごせない。なんだかこの作家、怪しいぞ、と警戒警報がヒュンヒュンヒュンと鳴り響くのである。