宗教により洗脳された子供たちが、過酷な運命を背負いながら生きる姿とその葛藤を描いた逸木裕氏の新刊『祝祭の子』が発売された。
洗脳により大量殺人に加担させられ、事件から14年たった今も加害の過去に追われているかつての子供たちは〈生存者〉と呼ばれ、潜居していた。そんなある日、〈生存者〉のひとりが何者かに襲われる。混乱のさなか、かつての仲間たちは再会を果たすが……。
オウム真理教の事件をリアルタイムで目撃した世代が鋭く問う、劇薬ミステリー。
「小説推理」2022年10月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと帯で『祝祭の子』の読みどころをご紹介します。
■『祝祭の子』逸木裕 /細谷正充:評
取り返しのつかない過去を持つ5人の男女が、謎の刺客に狙われる。正義とは何か。暴力とは何か。逸木裕の渾身作が鋭く問いかける。この物語、劇薬だ。
気力体力を振り絞って書いた作品。ただ読んだだけで、そう分かる物語がある。たとえば逸木裕の新刊だ。嘘だと思うなら本を手にして、ページを開いてほしい。
2004年、山梨県江田野にあった宗教団体のコミューンで、大量虐殺事件が起きた。指揮をしたのはコミューンのメンバーの石黒望。彼女は、幼い頃から軍事教練で鍛え、洗脳してきた5人の少年少女を殺人の実行者にしたのだ。驚くべき事件に世間は震撼した。
それから14年後。年齢によって罰せられることのなかった5人だが、動画配信者として成功している逆井将文を除き、蹲るように生きていた。感情を失った夏目わかばも、そのひとりだ。だが、色あせた日常すら、ある日を境に崩れていく。逃亡していた望の死体が発見され、さらにわかばは何者かに襲撃された。今でも身体を鍛えているわかばをして、敵わないと思わせた強敵だ。
やはり5人のひとりだった後藤睦巳がわかばを訪ねてきたのを切っかけに、斎藤彩香と川端伸一も加えた4人は、将文のマンションに潜んで、刺客の正体を突き止めようとする。しかし、さまざまな事件が続き、マンションを捨てることになったわかばたちは、刺客と対決するために、かつてのコミューン跡を目指すのだった。
読み始めてしばらくの間は、壮絶な過去によりキリング・マシーンとなった美女が活躍する、痛快アクション小説だと思った。だが、そんなお気楽な話ではない。洗脳されて殺人の道具にされた5人は、法で裁かれることはなかった。しかし彼女たちは、被害者であると同時に加害者だ。ネットでバッシングされ続け、日常生活もままならない。さらに彩香は殺人をしておらず、5人も一枚岩というわけではない。見る角度によって被害者と加害者が容易に入れ替わり、常に罪の根源が問いかけられているのだ。
さらに“正義”と“暴力”も、本書の重要なテーマになっている。正義を旗印にすれば、何をしてもいいのか。人は暴力を振るわずにはいられない生き物なのか。暴力の渦中に身を置いているときだけ、感情を取り戻すわかばの苦悩は深い。読んでいるこちらも深く考えさせられるが、それなのにアクション・シーンになると興奮してしまうのだから、本当に人間とは罪深いものだ。
詳しくは書かないが、後半のサプライズのつるべ打ちも素晴らしかった。たくさんの要素を全部乗せした、まさに渾身作なのである。