学校に行けない自粛生活を過ごすなかで、自分の性自認が「女なのかもしれない」と気づいた男子高校生・ゆう。実は大学生になる姉の性自認も男だと発覚し、姉弟で男女逆転の大騒ぎに。二人はいつもと違う「新しい春」を迎える。

 コロナ禍の高校生の青春と苦悩、春夏秋冬の様々な転機を描いた連作短篇。

「小説推理」2022年9月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと帯で『落ち着いたあかつきには』の読みどころをご紹介します。

 

落ち着いたあかつきには

 

落ち着いたあかつきには

 

■『落ち着いたあかつきには』蜂須賀敬明  /細谷正充:評

 

コロナ禍の日本を舞台にした四つの物語。社会とぶつかる若者たちは、傷つきながら、明日に向かう。蜂須賀敬明の描いた青春を、真っ直ぐに見つめたい。

 

 蜂須賀敬明は、説明の難しい作家だ。第23回松本清張賞を受賞したデビュー作の『待ってよ』はファンタジーだったが、「横浜大戦争」シリーズや『バビロンの階段』『焼餃子』は、複数の要素を混ぜ合わせ、独自の世界を創り上げていた。だから、次に何が出てくるのかと、新作を楽しみにしてしまうのである。

 その作者の最新刊が本書である。コロナ禍の日本を舞台に、社会とぶつかる若者たちを描いた、4つの物語が収録されている。冒頭の「新しい春」は、書き出しが秀逸。洗濯された部屋着のポケットに、姉の下着が入っていたことに気づいた“僕”。それを穿いたところを、姉に目撃される。小説の書き方の本で、よく冒頭で読者の関心を掴めといわれているが、これほどその意味を実感できる作品は稀だろう。

 どうなるかという興味に惹かれて読み続けると、僕と姉のどちらもが、トランスジェンダーだと分かる。互いに秘密を打ち明け、姉は母親にも話をする。だが母親は、自分の子供がトランスジェンダーであることを、認めることができない。僕の方はといえば、姉の恋人の指導を受け、化粧品売り場でメイクをしてもらい、本当の自分に目覚めていく。だが家では、予想外の事態が起こっていた。

 センシティブな題材を扱っているが、作者の描き方は巧みである。姉の恋人が同性であるのに対して、僕は異性に性欲を感じる。トランスジェンダーといっても、その在り方は様々だ。これをきちんと踏まえながら、社会の通念と衝突する若者の、迷いと苦しみを活写しているのである。通念の象徴である母親の抱える歪んだ心や、家族写真の使い方も巧み。優れた作品だ。

 以下、祖父母の暮らす地方に父親を捜しにいった“ぼく”と、何事かを抱えた少女とのひと夏の出来事を綴った「夏の箱」、歯並びをからかわれたことで引き籠り気味の生活をしている少女が、コロナ禍を切っかけに歯列矯正をしようとする「金木犀の季節」、学校でも家でもスポイルされがちな旅館の息子が、女性客との出会いによって変わっていく「ネイキッド・スノー」と、どれも読みごたえあり。コロナ禍によって露呈した諸々を、ぎこちなく乗り越えていく若者たちを、応援したくなった。

 また、各話にフェティッシュな要素が挿入されている。特に「夏の箱」と「金木犀の季節」は強烈だ。ここも本書の注目ポイントなのである。