「家事と子育て避けて通れると思ってる?」(妻)
「妻はなぜ不機嫌なのか?」(夫)

 中3の息子、昴が家出した。行先は富山県の氷見。慌てて連れ戻しに向かった母親のみゆきと父親の範太郎だが、昴はまだ帰らないという。

 倦怠期真っ只中、ほぼ口も利かなくなっていた夫婦は、昴が帰ると約束した日まで富山に滞在するはめに……。

 鉄軌道王国の富山に浮かれる鉄道オタク夫に、妻のイライラは募るばかり。行く先々で衝突の絶えない夫婦、果たしてどうなる!? そして、息子が家出した理由とは?

「小説推理」2022年9月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューと帯で『きときと夫婦』の読みどころをご紹介します。

 

きときと夫婦旅

 

 

■『きときと夫婦旅』椰月美智  /大矢博子:評

 

夫婦って、家族って、もしかしたらちょっとしたことで変わるのかもしれないと思わせてくれる。

 

 なんと楽しく、そしてなんと刺さる物語であることか!

 物語は中学3年の息子、昴の突然の家出から始まる。行き先は幼なじみの住んでいる富山県氷見。母のみゆきと父の範太郎は慌てて連れ戻しに向かうが、昴は日曜までは帰りたくない、それまでは会いに来るなとにべもない。

 仕方なく日曜までの2泊3日、富山で時間をつぶすはめになったのだが、みゆきと範太郎は倦怠期真っ只中。相手のやることなすことすべてが気に障り、ふだんはほぼ没交渉、冷戦状態の夫婦なのだ。

 息子を心配している様子など皆無で、鉄軌道王国の富山にはしゃぐ鉄道オタクの範太郎。みゆきの苛立ちは増し、ついにはスタバで範太郎にグラスの水をぶっかける。いったいこの旅行、どうなっちゃうの?

 ──という、いわば夫婦のドタバタ珍道中なのだが、もうこれがおかしいやら切ないやら。みゆきと範太郎の視点の章が交互に綴られ、お互いの本音が炸裂するのだ。なんでこの人はいつもこんな言い方をするのか。どうしてこいつはいつも不機嫌なんだ? 見事に行き違っているふたりの思考が手にとるようにわかる。その行き違いっぷりが実に楽しい。いや、本人たちは楽しくないだろうが。

 笑ってしまったのは、もしも夫が浮気をしていたら、と想像したときのみゆきの胸の内である。

「確かにおもしろくはない。おもしろくはないけれど、男女関係云々についてはどうでもよかった。引っかかるとしたら、家のことを何もしないくせに、浮気相手には時間を使っていたという点だけだ」

 うまいなあ。的確すぎて言葉もない。だが的確だと思ってしまったということは、私の中にもそういう思いがあるのか? と、ちょっとドキっとしたりもするのである。

 つまり彼らは鏡なのだ。どんなに仲のいい夫婦でも、彼らの思いや行動にはきっとどこかに心当たりがあるはず。小さな齟齬が積み重なって、会話もなくなって、そんな日常に満足しているわけじゃないけど修復の努力をするエネルギーもない。そんなとき、思いがけない非日常が少しだけ風穴を開ける。夫婦って、家族って、もしかしたらちょっとしたことで変わるのかもしれないと思わせてくれる。

 そうそう、富山の紀行小説としても一読の価値あり。鉄道はもちろん(鉄オタさんに熱烈プッシュしたい)、名物名産観光地までたっぷりで、富山に行きたくなること請け合いだ。シロエビ食べたい!