中3の息子、昴が家出した。行き先は富山県の氷見。慌てて連れ戻しに向かった母親のみゆきと父親の範太郎だが、昴はまだ帰らないという。倦怠期真っ只中、ほぼ口も利かなくなっていた夫婦は、昴が帰ると約束した日まで富山に滞在するはめに……。
東京の狭い我が家で繰り広げられてきた夫婦の冷戦。雄大な北アルプスと豊かな富山湾を擁する北陸の旅先でも、やはり続行なのか?
「これ、ウチのこと!?」と、長年連れ添った夫婦なら身に覚えのあるエピソードが満載!
「家事と子育て、避けて通れると思ってる?」妻
「妻はいつまで不機嫌を通すのか?」夫
主人公である妻・みゆきと同年代の担当編集者S(48歳・二児の母)が、自身も妻であり、二人の息子さんを育てる著者の椰月美智子氏に創作の舞台裏などを伺った。
(撮影=市来朋久)
──まず、この物語が生まれたきっかけを教えてください。
椰月美智子(以下=椰月):ロードノベルを書きたいと思ったのがきっかけです。家族の話にしたかったので、息子を追いかけていく形で旅に出るのがいいかと思いました。ロードノベルというよりは、珍道中ノベルになりましたが。
──冷戦状態の夫婦の様子が手に取るようにわかりますが、妻のみゆき、夫の範太郎、ともにモデルがいるのでないかと思うくらいリアルでした。
椰月:畏れながら、担当編集者Sさんのご夫婦のお話を聞き、参考にさせていただきました。おかげさまでリアリティあるトピックスが書けました。どうもありがとうございました(笑)
──打ち合わせでも、夫への愚痴をたくさん聞いていただきました、すみません(笑)。
椰月:夫への不満や苛立ちは同じでも、我が家とはまったく違う夫婦関係でしたので新鮮でした(笑)。子どもの年齢によっても不満のポイントは異なりますが、なにより現在の境地にたどり着くまでの過程が重要ですよね。
──範太郎は鉄道オタクの夫です。なぜそのような設定に? 「鉄」ぶりがひしひしと伝わってきました。
椰月:登場人物を考えたとき、範太郎は、「マイペースで、自分勝手な夫」というイメージにしたいと思っていました。そこで、年齢を重ねても没頭できる趣味はなんだろうと考えたとき、鉄道好きの「鉄ちゃん」が浮かびました。決して「鉄」が自分勝手というわけではないですので、そこのところご理解ください~。
双葉社の社内にも、たくさんの「鉄」さんたちがおられましたので、取材させていただきました。知らないことばかりで、ものすごく参考になりました。
──息子の家出先は富山県ですが、物語の舞台を富山にした理由は?
椰月:昴の家出の理由から、最終的に海にたどり着くのがいいなと思っていたので、海がある場所を探しました。地図を見て、日本海側の氷見がいいのではと思い、富山にしました。
また富山は、鉄道王国ということもあり、範太郎の「鉄」設定にもぴったりでしたので。
──富山県内の実在の場所や施設などがたくさん登場するので、ロードノベルとしても楽しめます。2021年4月の富山取材で特に印象に残っていることは?
椰月:初富山だったので、すべてが印象的だったのですが、なんというのか体感的に、富山市内がとても潤っている気がしました。ものすごく「気」がよくて、気持ちよかったです。住みたいと思ったくらいでした。それと、どこにいても、北アルプスが見えるのは感動的でした。
小説のなかで夫婦が乗車する「一万三千尺物語」もよかったです。わたしは「鉄」要素がまったくない人間なのですが、列車の旅ってたのしいなあと心から思いました。新鮮でした。
〈第2回〉に続きます。
椰月美智子(やづきみちこ)プロフィール
1970年神奈川県生まれ。2002年『十二歳』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。07年『しずかな日々』で野間児童文芸賞、08年坪田譲治文学賞、17年『明日の食卓』で神奈川本大賞、20年『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』で小学館児童出版文化賞を受賞。その他に『るり姉』『14歳の水平線』『純喫茶パオーン』『ぼくたちの答え』など著書多数。