「君たちには、この戦争を正しいと思わせてほしい。そのための手段は問わない」大手広告代理店「電央堂」の就職試験を勝ちあがった大学生8名。彼らに課された最終選考の課題は、宣伝によって仮想国家の国民を戦争に導けるかどうかを競うゲームだった。勝敗の行方やいかに?
 そしてこの最終選考の真の目的とは?
 書評家・村上貴史さんのレビューと文庫の帯で『プロパガンダゲーム』の読みどころをご紹介する。

 

 

 

■『プロパガンダゲーム』根本聡一郎  /村上貴史:評

 

戦争の是非に関する各自の考えとは無関係に学生たちは開戦派と反戦派に振り分けられ、その陣営の主張で国民を扇動することが求められるのである。彼等が実際に必死にそう行動する様は、ゲームの勝敗とは別の次元で、怖ろしさを感じさせる。

 

 

 大手広告代理店の就職試験。その最終選考に臨んだ8人の男女に、とんでもない課題が与えられた。開戦すべきか否か、これを4人ずつの2組に分かれ、それぞれが国民という“市場”に訴求せよというのだ……。

 根本聡一郎の『プロパガンダゲーム』は、そんな試験に臨んだ8人の若者を描いた小説である。

 もちろんこれは就職試験であり、日本が他国との戦争に踏み切るべきか否かで争うわけではない。パレット国という架空の国を舞台とした広告シミュレーションを行うのである。その際の立ち振る舞いが、採用判断の参考にされるのだ。

 学生たちは、開戦推進派である政府チームと、戦争反対派であるレジスタンスチームに分かれ、パレット国の国民――実際には抽選で選ばれた一般人百名――に対して、特設サイトを通じてそれぞれの主張を“広告”する。サイトでは、動画配信や画像、テキストなどを利用可能だ。2時間の広告合戦の後に、多数の支持を得た方が勝ちというゲームである。

 このゲームのルールが非常によくできている。有限の時間と資金をどう使うかを学生たちに工夫させることを基本としている。国民の反応はSNSを通じて把握することができるので、それに応じて発信する情報の内容も調整できる。また、政府チームとレジスタンスチームならではの特性も加えられている。政府は資金が潤沢であり、レジスタンスは国民のふりをしてSNSで工作できる。こうした枠組みを学生たちがどう活かすかという知恵比べが、実に刺激的なのだ。ルール、すなわち著者による設定の妙味である。

 さらに著者はもう一つルールを加えた。各チームの4人のうちの誰か1人は、相手方のスパイなのだ。その人物が施す妨害工作は、もちろん攻防に重大な影響を与える。なんと素敵なルールであることか。しかもそのスパイは、“その手で来るか!”という意外な手口で驚かせてくれるうえに、スパイが誰かを突き止める推理も愉しめる。

 また、どちらの陣営にどの学生が加わるかをクジ引きで決めるという設定も秀逸だ。顧客の利益のために全力を尽くす広告代理店に相応しい社員を選ぶべく、戦争の是非に関する各自の考えとは無関係に学生たちは開戦派と反戦派に振り分けられ、その陣営の主張で国民を扇動することが求められるのである。彼等が実際に必死にそう行動する様は、ゲームの勝敗とは別の次元で、怖ろしさを感じさせる。

 そんな8人に、それぞれ個性が宿っている点も見逃せない。各自の性格や過去、あるいは将来構想などがきっちりと作中で語られており、しかもそれがゲームの攻防や物語の展開に密に絡んでいく。だからこそ、夢中になって読まされてしまうのだ。

 なお、この『プロパガンダゲーム』は、4人対4人の闘いの、その先のことも少しだけ描いている。なにが書かれているかは本稿では一切伏せておくが、その部分も本書の重要な一部であり、なおかつ衝撃的な内容であることだけは明記しておこう。

 さて、2016年に電子書籍として刊行され、2017年に改稿の上文庫化された『プロパガンダゲーム』は、その後、順調に増刷を重ね、本年8月に舞台劇として上演されることとなった。政府チームとレジスタンスチーム、それぞれにフォーカスした2つの劇になるとのこと。学生たちのディスカッションが役者の方々を通じてどう表現されるか愉しみである。ついついチケットを買ってしまったことを付記しておく。