『関ヶ原』『大坂の陣』など戦国期を舞台にした歴史小説のほか、『戦時大捜査網』など近代史を舞台にしたミステリーの名手としても知られる岡田秀文氏。3月18日に発売された書き下ろし新刊『維新の終曲』はそんな岡田氏の“ふたつの顔”が融合した唯一無二の作品になっている。

 主人公の中野梧一は実在の人物。幕臣として薩長と戦い捕縛されたのち、長州の大物・井上馨に見いだされ、初代山口県令としてかつての敵国に赴任することになった中野の命を、元奇兵隊士の卓介という男が狙うところから物語ははじまる。

 やがて中野は政治の世界から実業の世界へ転身。五代友厚や藤田伝三郎といった明治の大商人とともに経済を牛耳る存在となっていく。だが、中野には衝撃的な最期が待っていた──。歴史好きでも馴染みが薄い中野梧一という男を通して幕末維新を描いた意欲作について著者の岡田氏に聞いた。

 

「ネタバレになるので言えませんが、主人公の最期が作者としても一番興味深かった。なぜその選択をしたのか。ぜひ読み解いていただきたいです」

 

──『賤ヶ岳』に端を発し『関ヶ原』『大坂の陣』と続く戦国シリーズをはじめ、数々の歴史を書いてきた岡田さんが、今回、主人公に据えたのは中野梧一という実在の人物。題材にしようと思ったきっかけは何でしょうか。

岡田秀文(以下=岡田):正確にいつかは記憶していませんが、デビューする前だったので20年以上前、元長州藩である山口県の初代県知事が旧幕臣だったと知りました。

 支配する側とされる側、いろんな意味で大変だっただろうなと、想像をかき立てられたんですね。ちょうどその当時、勤めていた会社が他社と合併して、組織や環境が激変するという経験をしたので、よけいに響くものがあったのかもしれません。そういう事情もあって、中野梧一の人物というより、その置かれた状況に興味がありました。以来、いつかこの題材で小説を書きたいと考えていましたが、今回、取りあげたのはたまたまです。

──数奇な人生を辿った中野梧一ですが、彼について調べていくなかで、いちばん興味深かったこと。そして大変だったことはなんでしょうか?

岡田:大変だったことはないです。今回の小説で描いた中野梧一の事績については、すべて参考資料にあげた『中野梧一日記』に依拠しているので、調べ物はあまり多くありませんでした。

 いちばん興味深かったことは、その最期です。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、それまでの人生、挫折や成功を味わってきた梧一がなぜその選択をしたのか。小説ではやや曖昧な表現にみえるかもしれませんが、梧一の決断を暗示したつもりです。なぜ梧一がそれを選んだのか、心の筋道が明らかでないように感じられるかもしれませんが、作者としては、きれいに辻褄のあう小説にはしたくありませんでした。

──書き終えてみて、ひと言で中野梧一とはどういう人物だと認識されましたか。

岡田:なかなかひと言でいうのは難しい人物だと思います。結局はひ弱なエリートだったと切り捨てることもできるし、逆境から這い上がり政治や商業で一定の成果を挙げた成功者と評価することもできるでしょう。

 小説では描きませんでしたが、梧一は山口県へ赴任するとき、徳川家ゆかりの寺院と家康を祀った川崎東照宮に拝礼しています。もしかすると梧一は最後まで幕臣という誇りを捨てきれない複雑な一面を持った人間だったのかもしれません。

──中野梧一と並んで本作の主人公ともいえる元農民で奇兵隊士の卓介という男が登場します。彼の立ち位置で意図したことは何かありますか?

岡田:変革時には、平時ではありえない、大きなチャンスを得る人がいる一方、きわめて理不尽な仕打ちを受けて生活基盤や命を失ったりする人々がいます。卓介は人生の前半でその両方を味わい、運命に翻弄されながらしぶとく生き抜いた時代の象徴的な人物として創造しました。

──中野梧一、そして卓介という対局にある2人の男を通して幕末維新を描いてみて、岡田さんから見た幕末維新はどういう時代だとお考えですか?

岡田:日本史を見渡しても、屈指の激動期だと思います。歴史小説でも戦国期とともに人気ですが、戦国時代は100年近く続きますし、その時代を生きた人々が受けた変化量では、幕末維新の方がはるかに大きかったと思います。それだけにその変化にうまく乗れた人と乗り損なった人との落差もまた大きかったはずです。まだまだ未着手の人物、事件、ドラマが数多くあることでしょう。

──ありがとうございます。最後に読者の方に本書の読みどころを教えてください。

岡田:幕末維新という時代の激流に呑み込まれ、命を落としたり、必死に這い上がったり、運命に身をゆだねたり、身を持ち崩したり、様々な人々の運命の綾を描きました。特段、教訓的な話ではありませんが、いつの時代、社会にも通底する物語ですので、多くの人に楽しんでいただけたらと思います。