それまで主にギャグ漫画を描いていた漫画家・村上たかしの転機となった作品が、漫画『星守る犬』だ。今回刊行された『完全版・星守る犬』の「あとがき」で、村上は「あの頃、くたびれ果てていた漫画家に新しい可能性を与えてくれた大切な作品」だと書いている。その言葉が示すように、『星守る犬』は日本中を感動の渦に巻き込み、多く読者の支持を集めた。
妻に家を出ていかれた中年男性が、愛犬の「ハッピー」とともにライトバンに乗って旅に出る。『星守る犬』の最後は、けっしてハッピーエンドと言えるものではない。しかし、村上はその最後を「『ある意味、純粋な、幸せな時間』といった感じを意識して描いていた」(『完全版・星守る犬』「あとがき」より)という。
その「幸せな時間」の延長線上にあるのが、『続・星守る犬』だ。『星守る犬』の「ハッピー」の双子の犬と『星守る犬』に登場していた家出少年をめぐる物語は、『星守る犬』のアナザーストーリーであり、希望のあるラストとなっている。村上は「『続・星守る犬』は希望を持てるように、明日を信じられるように、描いた作品」(前同)というが、この2冊をまとめた今回の『完全版・星守る犬』を通して読むことで、『星守る犬』のラストの読後感も、また変わってくるだろう。
『続・星守る犬』では、家出少年もまた、愛犬を見つけ、その犬に「ハッピー」と名づける。『星守る犬』シリーズは、それぞれの「ハッピー」とともに幸せを探す中年男性、そして少年の、旅の物語なのだ。
『星守る犬』に心を動かされたひとりに、小説家の原田マハがいた。発売まもなく書店で『星守る犬』を手にとり、読了した原田は「本を胸に抱きしめて泣いた」(『小説 星守る犬』「あとがき」より)。そしてつきあいのある編集者に『星守る犬』の小説化を打診し、村上の快諾によってこのプロジェクトは動きはじめた。そして2011年に原田の『小説 星守る犬』が発売された。その後、2014年に文庫化し、小説も数多くの人に読まれてきた。
今回、漫画『完全版・星守る犬』発売に合わせて、文庫『小説 星守る犬』も新装版が発売された。アンリ・ルソーの『婚礼』を装幀に使用しているが、これは原田本人の提案で、「ルソーの生真面目かつ泣き笑いを誘う感じが、お父さんとハッピーの像に重なる気がします」とのことだった。
この機会に『完全版・星守る犬』そして『小説 星守る犬』を読んだ人も改めて併読してもらいたい。
そして3月30日には、村上たかしの新作『ピノ:PINO』が発売される。『星守る犬』から10余年、再び『星守る犬』級の号泣作品が生まれる。作家の辻村深月は、本作について「AIの心について読むつもりが、震えるほどに揺り動かされ、問われたのは“私の心”の方でした」とコメントを寄せている。人間の知能を超えるAI「PINO」を搭載した人型ロボットのピノと、認知症を患うおばあさんの魂の交流を描いた感動作。こちらも発売を心待ちにしてほしい。
村上たかし(むらかみ たかし)
1965年大阪府生まれ。85年「週刊ヤングジャンプ」にて『ナマケモノが見てた』でデビュー。2000年『ぱじ』で文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞。近著に『青い鳥~わくらば~』『アキオ…』『探偵見習いアキオ』などがある。
原田マハ(はらだ まは)
1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒業。伊藤忠商事、森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年にフリーのキュレーターとして独立。05年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞。12年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞受賞。17年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。『旅屋おかえり』『美しき愚かものたちのタブロー』『リボルバー』など著書多数。