直木賞作家の目を通すと、世界はどんな風に見えるのでしょうか? 著者の乃南アサ氏が散歩中や電車での移動中など、日常生活の中で見かけた「あの人」を日記形式で書いた随筆集『犬棒日記』の続編が誕生しました! 今作では、新型コロナウイルス禍での生活も描かれ、この先も記憶にとどめたい1冊になりました。それぞれの人のそれぞれの事情とは──。

「小説推理」2022年4月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューと書籍の帯で、『続・犬棒日記』をご紹介します。

 

続・犬棒日記

 

■『続・犬棒日記』乃南アサ  /大矢博子:評

 

犬も歩けば棒に当たる、作家が歩けば何に当たる? 乃南アサのサイコサスペンス的人間観察エッセイ、第2弾はコロナ禍での奇妙な人々が続々登場!

 

 これはもはや小説ではないか──と読者を唸らせたサイコサスペンスばりのエッセイ集『犬棒日記』の第2弾である。乃南アサが外出先で見かけた、名も知らぬ行きずりの人々のスケッチだ。

 たとえば、蕎麦屋で出会った若い父親と幼い息子の痛々しい会話。薬局で横柄な態度をとる婦人。同じ飛行機に乗り合わせた女性の、奇妙な抱っこ紐。著者の観察眼と描写力は、その人たちの姿を、表情を、声を、リアルに浮かび上がらせる。日常の中のほんの一瞬を切り取っただけなのに、まごうかたなき「物語」がそこにある。

 そんな中、ふとページをめくる手が止まった回がある。ビジネスホテルで、急に予約をひとりからふたりに、2泊から5泊に変更した客の話だ。ありがちな不倫旅行かと思ったが、彼らのその後の行動が実に不可解。また、スーパーで一緒になった奇妙な2人連れの話も「この人たちは何なんだろう」という謎が残る。人通りの少ない新興住宅地で路上キスをしているカップルに2組も出くわしたという一件もなんだか奇怪だ。ああ、ここに安楽椅子探偵がいたら解き明かしてもらうのに!

 そして気づいた。前述した痛々しい父子や態度の悪い婦人のような「わかりやすい」と思った情景ですら、それは私が自分の知っている型に当てはめているに過ぎないのではないか。もしかしたら想像を超える意外な背景が潜んでいる可能性はないか。そもそも「わかったつもり」で誰かを評価することこそ傲慢なのではと、思わず自分を顧みてしまったのだ。本書には背中が薄ら寒くなるエピソードも多いが、本当に恐ろしいのは「それを自分はどんな目で見て、どう解釈するのか」の部分かもしれない。

 本書には前作と異なる大きな特徴がある。後半がコロナ禍の中での日記になっていることだ。自粛が呼びかけられる中で花見を敢行する人々、医療従事者の家族を差別する集団、マスクをせずに大声で会話するグループと、その周囲から離れる人々。

 話がぐっと身近になった。前半は「おかしな人がいるものだなあ」だった感想が、コロナ禍になると「ああ、こういう人、いる」に変わる。これもまた恐ろしい。「おかしい」のが常態になっているということなのだから。

 だが、謎めいた人も奇妙な人もいるけれど、尊敬すべき人もいる。最後の一編に心が軽くなった。「物語」のラストにふさわしい一編だ。