2018年9月に刊行された『アンドロメダの猫』(朱川湊人・著)が文庫化された。
文庫刊行に際し、新たな帯と、単行本刊行時に「小説推理」2018年11月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューをご紹介する。
■『アンドロメダの猫』朱川湊人 /大矢博子:評
流されるままの日々を送っていた瑠璃と、危険の中にいたジュラ。2人が出会ったとき運命は動き出す。守りたいものの存在が人を強くする、静かな感動作。
矢崎瑠璃はある夜、コンビニで万引きしようとしていた少女、ジュラと出会う。とっさにその場は収めたものの、少女の妙な雰囲気が気になった。そして再会したとき、瑠璃は、ジュラが20歳という年齢に知的成長が追いついていないことと、親の「しゃっきんのかたに」彼女が性的搾取されていることに気づく。
さらにジュラが男に殴られているところを目撃したり、ジュラの危険な体調を目の当たりにしたりしたことで、助けようと決意。だがジュラと連絡がつかなくなり──。
はじめは、よくある「傍観者の罪」についての物語だと思った。瑠璃自身、仕事にもプライベートにも鬱屈を抱えている。何がしたいのかも見つけられないまま派遣社員として働き、恋人には妻子がいたことがわかって安い手切れ金で別れ、癒しといえば部屋で家庭用プラネタリウムが作り出す星空を眺めることくらい。
この時点の瑠璃は、仕事にしろ恋愛にしろ、何か変革を求めて闘うということはしなかった。ジュラに対してもそうだ。たまたま知り合ったジュラが何かのっぴきならない事態にあると推測はできても、可哀想にと思いこそすれ自ら動こうとまでは思わなかった。その時点で警察に駆け込むことだってできたのに。
だが、瑠璃を責められる人はいないだろう。それは私たちにも、瑠璃と同じ部分があるからだ。面倒なことは避けたいという気持ち。巻き込まれたくないという気持ち。自分には関係ないという気持ち。正義に目を瞑って楽を選ぶ気持ち。だがその中で抑圧された「このままでいいのか」という気持ちは次第に溜まっていく。
瑠璃はある行動に出て、ジュラとともに逃亡の旅に出ることになる。追っ手を巻くくだりのサスペンスフルな展開も読ませるが、そこからの瑠璃の変化に注目してほしい。守りたいものができた、自分よりも大事に思う存在ができた──それが人をここまで変えるのかと胸が熱くなる。
朱川湊人は、瑠璃の変化を逐一言葉で説明はしない。だが彼女が確実に変わったことが、ゆっくりと、読者に伝わる。その細やかな描写が見事だ。
無鉄砲かもしれない。愚かかもしれない。何もしなければ、無為ではあるが平和な日々が続いたかもしれない。だが、瑠璃は決して後悔はしなかったことだろう。衝撃的なラストシーンを読んだあとでも、私にはそう確信できた。人の強さとは何かに向き合う物語だ。