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『さらば青春』『シクラメンのかほり』『夢芝居』『愛燦燦』など数々の名曲を生み出し、自らも歌い上げてきた小椋佳さん。今年、惜しまれつつ歌手引退を発表しましたが、その「生き方」「老い方」を本音で語り尽くした新刊『もういいかい まあだだよ』が、昭和から令和を共に駆け抜けてきた同世代を中心に共感の輪を広げています。

 

もういいかい まあだだよ

 

もういいかい まあだだよ

 

■『もういいかい まあだだよ』小椋佳

 

 小椋さんと言えば真っ先に思い浮かぶのが、金融の最前線で戦ってきた銀行員の顔。夜を日に継ぐ激務をこなす一方、稀代のシンガー・ソングライターとして2000曲もの歌を世に送り出してきた姿は、まさしく「スーパーサラリーマン」の元祖と呼ぶにふさわしい存在です。

 でも、小椋さん本人は妙な気負いとは無縁。「“温厚な元銀行員にして、叙情的なシンガー・ソングライター”として僕を憶えて下さっていた皆さんにとって、実像は少々違っているかも」と笑顔で打ち明けます。

 その言葉通り、本書で明かされる77年の人生は激動に次ぐ激動です。終戦前年、上野の下町に生まれ、どちらかと言えばいじめられっ子だった幼少期。挫折続きでまったくモテなかった学生時代。東大受験の失敗――。

 絶望の日々を救ってくれた「日記」から、やがて珠玉の歌が生まれてくるエピソードは「いかにして人生を慈しむか」、深い教示を与えてくれます。それはそのまま、「老いをどう受け入れるか」そして、「生きる意味とは何か」につながっていくのです。

 年を重ねるのは、誰でも切ないもの。だけど、枯れゆく山河の風景も、また味わい深い。人生、さんさんと降る雨の日も、さんざんと吹く風の日もあるけれど、「もういいよ」の声を聞くまで生きていこうじゃないですか――。そんな小椋さんの珠玉の言葉にじんわり励まされる方も多いはず。

 幼なじみとして出会って70年・結婚して53年となる佳穂里夫人からそっと添えられたメッセージも、最愛の小椋さんへの溢れんばかりの思いが込められ、ほろりとさせられます。

 現在、ファイナル・コンサートツアー真っ最中の小椋さん。月刊文藝春秋、朝日新聞「天声人語」、NHK特番など主要メディアが「小椋佳という生き方」に注目し、相次いで取り上げるなか、今日も変わらず飄々と歌い続けています。

 本書で語られた「誰のようにも生きられず、誰のようにと生きもしなかった」小椋さんの宝石のような言葉の数々は、長く愛される彼の歌同様、かけがえのない人生の宝となることでしょう。