『商う狼』『大奥づとめ』などで注目を集める永井紗耶子氏が『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』を刊行します。
明治39年、帝都東京。千武男爵家の令嬢・斗輝子は、書生の影森怜司を供に、政府の重鎮、黒塚伯爵家で行われた夜会に出席するが、夜会の最中に黒塚伯爵が何者かに毒殺されてしまう。斗輝子と怜司は事件の真相を調べ始めるが……。
書評家・細谷正充さんのレビューと帯デザインと共に『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』(双葉文庫)の魅力をご紹介する。
■『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』永井紗耶子 /細谷正充:評
内容について語る前に、まずいっておきたいことがある。本書は、2014年に幻冬舎文庫から刊行された書き下ろし長篇『帝都東京華族少女』を改題し、大幅に加筆修正した作品だ。と書くと、『帝都東京華族少女』を既読の人は、本書を手に取る必要はないと思うかもしれない。だが、待ってほしい。“大幅に加筆修正した”という言葉に偽りなし。2作を読み比べて、違いを確認してみてはどうだろうか。もちろん未読の人は、何も気にすることなく読んでほしい。なにしろ永井紗耶子の作品の中で、もっともエンターテインメントの方向に振り切った、面白い作品なのだから。
明治39年の帝都東京。商人から男爵位を得た当代切っての大富豪・千武総八郎には、斗輝子という孫娘がいた。お転婆で好奇心旺盛な、16歳の女学生。総八郎が面倒を見る書生たちを、からかっては楽しんでいる。
そんな斗輝子だが、新たに書生となった帝大生の影森怜司に軽くあしらわれ憤慨。しかしふたりは総八郎の命により、黒塚隆良伯爵の夜会に参加させられた。斗輝子を千武家の名代にした祖父の意図はどこにあるのか。疑問を抱きながら行った夜会だが、刀を抜いた浪士が乱入した。鮮やかな腕前で怜司が浪士を捕らえるが、その騒動の最中に黒塚伯爵が、何者かによって毒殺されるのだった。
以後、黒塚伯爵と関係のよくなかった総八郎の疑いを晴らすため、怜司と斗輝子が事件を調査する。そう、本書は明治時代の華族の世界を舞台にしたミステリーなのだ。チクチクとやり合いながら、真相に迫っていく、ふたりの行動が楽しい。
また、冒頭の描写も注目に値する。明治18年の夜会で、後に黒塚伯爵の後妻になる、八苑重嗣子爵の妹の琴子を巡る一幕が、実に意味深なのだ。その場面について考えながらページを捲り続けるのだが、毒殺事件の犯人はあっさりと判明する。しかし、がっかりする必要はない。終盤に至ると、総八郎や怜司まで絡めて、驚愕の真相が明らかになるのだ。永井紗耶子、これほどのミステリー・センスを持っていたのかと感心してしまった。
さらに、一連の事件を通じて変わっていく、斗輝子の姿も読みどころだ。商人上がりの華族と馬鹿にされることはあるが、千武家という揺り籠の中で、気ままに暮らしていた斗輝子。だが事件の真相を知ったことで、現実の世界の醜さを知る。そして傷つきながら、現実に立ち向かう生き方を選択するのだ。本書は優れたミステリーであると同時に、優れた成長物語にもなっているのである。