「化学探偵Mr.キュリー」シリーズでおなじみの喜多喜久氏が、新刊『動機探偵 名村詩朗の洞察』を刊行する。
人の感情を理解できない天才AI研究者の名村が、涙もろく感情移入しやすい助手の若葉とともに、不可解な事件を収集・調査する「動機探偵」シリーズ。新作でも、その動機にあっと驚く4つの事件が収録されている。
「小説推理」2022年1月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと帯デザインと共に『動機探偵 名村詩朗の洞察』をご紹介する。
■『動機探偵』喜多喜久
喜多喜久といえば、「化学探偵Mr.キュリー」「死香探偵」「プリンセス刑事」「科警研のホームズ」など、多数の人気シリーズを抱えるミステリー作家だ。その作者の新たなシリーズ「動機探偵」の第2弾が刊行された。主人公は、令王大学で人工知能を研究している若き准教授の名村詩朗と、特任助手の鈴代若葉。『人間らしく振る舞う人工知能を生み出す』ためのデータとして、不可解な謎を求める名村のために、若葉が奔走する。
前巻と同じく、本書も短篇4作が収録されている。冒頭の「十六夜ヒカルは、なぜアカウントを消したのか?」は、令王大生の能勢智樹の依頼により、ゲーム『インスティンクト・オブ・ソルジャー』の人気プレイヤー、十六夜ヒカルが、突然消えた理由を調べることになる。ゲームの運営会社に問い合わせても、もちろん何も教えてもらえない。そこを名村の卓抜した能力と、若葉の行動により、ヒカルの正体を明らかにするのだ。いわゆる日常の謎といっていいと思うが、たどり着いた真相は意外と厳しいもの。このシリーズらしい、苦さと優しさを堪能した。
続く「田所穂乃花の両親は、なぜ離婚したのか?」では、やはり令王大生の田所穂乃花の依頼により、彼女の両親が離婚した理由を調べる。だが両親は、すでに死んでいる。当事者不在なのに、真実が明らかになるのか。これまた意外な真相に至るまでの、ストーリーの組み立てが鮮やかだ。
以下、「ナナシの記憶は、なぜ戻らないのか?」は、名村の知り合いで、脳科学者の光永千尋の依頼により記憶喪失だという男性の正体を突き止める。「沢渡圭吾は、なぜ自殺したのか?」は、名村の大学時代の先輩で、俳優の沢渡圭吾の自殺の謎を追う。どちらの作品も、研究者の驕りを剔抉している点に注目すべきだろう。
さらに全体を通じて作者は、人間の感情を見つめている。各話の真相から浮かび上がる、さまざまな感情だけではない。人の感情が分からない名村だが、本当にそうだろうか。第4話の言動から、感情の在り方が、多数の人とは違うだけではないかと思える。一方、若葉の名村に対する感情も、徐々に変化していく。本書から登場した、名村の親友だという尾藤薫が、若葉を名村に近づけようとし、彼女の心は揺れるのだ。
ミステリーとしての面白さは当然として、このような登場人物の描き方も、大きな読みどころになっている。だからシリーズの今後が、楽しみでならない。