2018年11月に刊行された『らんちう』(赤松利市・著)が文庫化された。
文庫刊行に際し、新たな帯と、単行本刊行時に「小説推理」2019年1月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューをご紹介する。

 

 

■『らんちう』赤松利市

 

 大藪春彦新人賞は、冒険小説、ハードボイルド、サスペンス、ミステリーを根底とする、短篇のエンターテインメント小説を募集している。その新人賞の第一回受賞者が赤松利市だ。原発事故後の福島の現実を描いた受賞作「藻屑蟹」は、巧みなストーリーによって、人間の業を喝破した秀作であり、大きな注目を集めた。また、第一長篇『鯖』も、人間の業が見据えられている。そんな作者の第二長篇である本書も、やはり人間の業の物語といっていい。

 千葉県の海辺の町にあるリゾート旅館の総支配人の夷隅登が、六人の従業員によって殺された。三年前に旅館の若女将と結婚した登。経営難の旅館を立て直すという名目で、やりたい放題をしていた。さらに人格にも問題があり、従業員たちに、嫌われている。しかし殺されるほど、みんなに憎まれていたのか。警察に自首した六人の供述により、それぞれの従業員の人生と、殺意の在り処が暴かれていくのだった。

 冒頭の殺人場面の迫力も凄いが、ストーリーの中でもっともページを費やしているのは、六人の供述である。ここが赤松節全開だ。特に、厨房契約社員の大出隆司のパートがリアルである。厨房の改革により、尊敬する先輩社員は追い出され、まともな料理も作れなくなる。残業は月三百時間。無能で傲岸な総支配人には、怒りしかない。

 それでも彼が旅館を辞めないのは、月に三十万円貰えるからだ。私も田舎の人間なので身に染みて分かるが、東京のような都会以外で、これだけ稼げる仕事は、そうそうない。だからこそ不満を抱えながら、旅館にしがみつく隆司の気持ちが理解できるのである。もちろん他の五人の気持ちも、きわめてリアルだ。

 さらに彼らの供述から、総支配人の登の唾棄すべき人間像が浮かび上がってくる。ロレックスの時計と、金魚のランチュウに金をつぎ込み、従業員相手に自己啓発セミナーもどきのことをしては悦に入る。人間の厭らしさを凝縮したような登の言動を読んでいたら、胸がムカムカしてきた。それだけ作者の筆致が優れているのだ。

 ところが供述が終わった後の展開により、物語の方向性が変わる。人物の印象も変化していく。しかもそれにより、救われない人間の業が、より深く表現されているのだ。デビューから一貫したテーマを持ち、それを掘り進めている作者が、どこに到達するのか。本書を読んで、ますます興味が募ってしまった。