2018年5月に刊行された『若旦那のひざまくら』(坂井希久子・著)が文庫化された。

 文庫刊行に際し、新たな帯と、単行本刊行時に「小説推理」2018年7月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューをご紹介する。

 

『若旦那のひざまくら』帯

 

■『若旦那のひざまくら』坂井希久子

 

 やだやだ京都こわい、京都のイケズこわい。褒め言葉しか使ってないのに実は嫌味とかこわすぎるっ!

 ──と京都の人が聞いたら怒りそうな感想を抱きつつ、涙目になりながら序盤を読んだ。ところがその涙が次第に笑いと幸せの涙に変わっていったのだ。坂井希久子『若旦那のひざまくら』である。

 百貨店のバイヤーとしてばりばり仕事をしていた長谷川芹が、京都西陣の老舗織屋の息子・充と恋をした。三十八歳の芹より十一歳下のボンボンだ。すっぱり仕事を辞めて京都のマンションで一緒に暮らし始めたものの、充の両親は結婚には反対。特に充の母は、充を慕う芸妓の菊わかとタッグを組んで、あの手この手で邪魔をする。

 弱気になりかけた芹だったが、充の実家が関東への出店を考えていると聞き、バイヤーで鍛えた仕事脳に火がついた。衰退が始まっている現実から目をそらして十年一日のやり方を続けている呉服業界に我慢できず、先陣を切って改革に乗り出す。え、ちょっと、そんなことして大丈夫なの? 案の定、充の母と菊わかの反発は増して……。

 と書くと、四面楚歌の中で戦うワーキングウーマンの物語に見えるし、そのつもりで読んでいた。だから芹の「勝ち」を願っていた。仕事を成功させてヤツらの鼻を明かしてやれ、とワクワクしていた。

 だが大事なのは勝つことではなく、理解し合い受け入れ合うことなのだという当然の前提に気づいたとき、心の中ですっと何かがほどけた気がしたのだ。

 いかにもヒールという感じで登場してきた充の母や菊わかの背景が少しずつわかるにつれ、見える景色が変わってくる。それぞれの人に歴史があり、思いがある。その上でどう折り合いをつけていくか。誰かが一歩引くのでも背負い込むのでもなく、皆が幸せになるにはどうすればいいのか。人間関係は決して勝負ではないのである。

 京都というわかりやすいシンボルを立て、東京対京都、若者対年配という構図に見せかけてはいるが、本書のキモは「自分ではない人」とどうつきあうかの物語と言っていい。「自分ではない人」が自分と違うのは当然。違うものどうしがぶつかって、ぶつかるたびにお互いの角が少しずつ取れていく。その様子がとても心地よい。

 いつしか京イケズが愛おしくなっていた。楽しくてパワフルで温かで、元気の出る物語である。最高にハッピーな読後感をお約束する。