時代小説であり、ミステリーでもある人気シリーズ「蘭方医・宇津木新吾」。時代ファンとミステリーファン双方に愛されて、この度、第13巻が発売となった。
時は江戸。長崎で蘭方医を学び、江戸で志高く医師として働く宇津木新吾。藩のお抱え医師として本分を尽くしながらも時代や騒動に翻弄され、主人公に悩みは尽きない。医療×事件×激動の時代=読み応えたっぷりの人気シリーズなのだ。
「小説推理」2021年11月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと帯デザインで『蘭方医・宇津木新吾 恐喝』をご紹介する。
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読みごたえのあるミステリーを堅実なペースで発表する一方、文庫書き下ろし時代小説の世界で活躍している小杉健治の新刊が刊行された。理想と現実の狭間で悩みながら成長していく蘭方医・宇津木新吾を主人公にした、時代ミステリーの第13弾だ。
長崎帰りの宇津木新吾は、江戸で理想の医者を目指して働いていた。しかしその道は平坦ではなく、何度も騒動や事件に巻き込まれている。曲折を経て、松江藩のお抱え医師に返り咲いたが、やはり身辺に騒動が絶えない。大店『西国屋』の主人の香右衛門から、大旦那を診てほしいと頼まれたが、これは口実。店に隠れていた、刀傷を負った河太郎という謎の男を診察することになる。刀傷は河太郎が、刃物で自害しようとした妹と揉み合ったときに、誤ってついたという。
だが、香右衛門を始めとする、人々の態度がいかにも怪しい。旧知の南町奉行所同心・津久井半兵衛からは、殺された男の握っていた匕首に、血が付いていたと聞いた。河太郎が犯人なのか。その後、診察を断られ、さらに『西国屋』から河太郎の姿が消えた。患者のことを心配する新吾は、河太郎の行方を追い、騒動に巻き込まれるのだった。
河太郎は何者なのか。本当に人を殺したのか。香右衛門たちの不審な態度は、どういうことなのか。幾つもの疑問をちりばめた物語は、サスペンス色豊かに進んでいく。新吾の行動によって、しだいに見えてくる、一連の騒動の構図が面白く、夢中になって読まずにはいられない。
そうした流れの中で特に注目したいのが、騒動に松江藩が絡んでくる点だ。公儀隠密の間宮林蔵が、シリーズを通じて松江藩にこだわっていた理由が、ようやく判明。また、新吾の師である村松幻宗の、新たな過去の一端も明らかになるのだ。シリーズのファンにとって、興味の尽きない内容になっているのである。さらに終盤の意外な展開に、黒幕の正体と、ミステリーの面白さも盛りだくさん。冒頭からラストまで、一気読みの作品なのだ。
また、新吾の成長も見逃せない。河太郎を治すために奮闘する、純粋な想いはシリーズ開始時と変わらない。だが、騒動に関しては正義を貫くことなく、状況を見極めて妥協する。自らの汚れを意識しながら、現実的な選択をするところに、主人公の成長があった。したたかな立ち回りのできるようになった新吾が、これからいかに理想を追求していくのか。シリーズの今後が楽しみだ。