コロナウィルスの蔓延に伴う緊急事態宣言の影響で、自粛生活を強いられている人も多いのではないだろうか。書評家は、もともと家で本を読んで原稿を書くだけの生活だから、特に変わりはないようなものだが、それでも自宅に籠もりきりというのは、いささかキツい。
私の場合は、再放送されている二時間サスペンスを片っ端から録画して、一日に数本ずつ見るようになった。地上波、BS、CSを併せると、日に二十~三十作の推理ドラマが放送されているが、その中に必ず(多いときには四~五本も)十津川警部ものがあるのには驚くばかりだ。
十津川省三は七三年の『赤い帆船』で初登場。当初は警部補だったが、やがて警部になり、西村京太郎作品のメインの探偵役となった。
最初のドラマ化は七九年の「ブルートレイン・寝台特急殺人事件」。十津川警部役は三橋達也で、以後、宝田明、若林豪、石立鉄男、小野寺昭、渡瀬恒彦、高橋英樹と、十五人以上の俳優が十津川警部を演じている。
中には亀井刑事(小林稔侍)の主演作品、十津川警部夫人(萬田久子)の主演作品、十津川警部(高嶋政伸)の若い頃の事件などまであり、人気の高さがうかがえる。
本誌に連載されたシリーズ最新作『呉・広島ダブル殺人事件』は、十津川警部の部下の市橋刑事が主人公である。市橋の祖父・勝之介は呉で終戦を迎えた。海軍の予科練習生だった勝之介は、特攻隊として出撃させられることも、広島の原爆に巻き込まれることも、危ういところで免れて生き残ったのだ。
九十三歳になった勝之介は、市橋に呉と広島の写真を撮ってきてほしいと頼む。二日間の休暇をとって新幹線に乗った市橋だったが、初日の夜、呉の旅館で泊り客が殺されるという事件に遭遇する。
大金が手つかずで残っており、物取りの犯行ではなさそうだが、被害者は「市橋勝之介」と書かれた名刺を所持していた。この事件は祖父と関係があるのか? 撮影旅行から帰った市橋が事件のことを話すと、祖父が病院を抜け出して失踪してしまった……。
中盤以降、お馴染みの十津川チームが出動して事件の謎を解くわけだが、終戦から七十五年という歳月が経過しても、まだ戦争が人々の心に暗い影を落としていることに粛然とせざるを得ない。戦中派(昭和五年生まれ)の著者ならではの味わい深いミステリだ。