殺人事件の再現実験をしているうちに、ストーリーが予想外の方向にぶっ飛んでいく。風変わりなミステリー『ラガド──煉獄の教室』で、第十三回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した両角長彦は、それからも精力的に、独創的な作品を発表。最新刊となる本書もそうだ。文芸編集者の桜木由子がかかわる六つの事件を描いた短篇と、その間に挟み込まれた五つのショート・ショートによって、問題ありすぎる作家の諸相が活写されているのである。
まず短篇に注目しよう。冒頭の「最終選考」は、ミステリー新人賞の最終候補になった女性の視点で語られていく。受賞作の協議をしているホテルに集められた、三人の最終候補。そのうちのひとりが暴言を吐きまくるのだが、やがて意外な犯罪が暴かれることになる。作家志望者の暗黒面を、容赦なく剔抉した快作である。なお、三人の世話係として由子が登場するが、ほとんど何もしていない。
続く「盗作疑惑」は、最終回を迎えるミステリーの連載に、いきなり盗作疑惑が起こる。作者の担当である由子は、有能だという探偵の鶴巻文久を雇い、真相を突き止めようとする。以後、口述筆記によって小説を作っているミステリー作家が、密室状態の部屋で死体となって発見される「口述密室」。かつて妻の妹を殺し、服役が終わっても沈黙したまま逝った作家の原稿が出てきたことから、思いもかけない真実が明らかになる「死後発表」。歪んだ自己承認欲求を抱える“読者”の、罪の顛末を綴った「偽愛読者」など、どれもミステリーの面白さが堪能できる。ちなみに謎を解くのは鶴巻だ。映画原作者を巡る騒動で編集者魂を見せる「公開中止」などもあるが、全体的に由子の影は薄い。
だがそこに、作者の狙いがある。由子を狂言回し的に使うことで、登場する作家の個性を際立たせたのだ。傲慢・姑息・小心……。さまざまな事件を引き起こしたり、巻き込まれたりする、作家たちこそが、本書の真の主人公なのである。
さらに、ショート・ショートが、これを補強する。ミステリーから奇妙な味まで、バラエティに富んだショート・ショートも、すべて作家の物語だ。最初から最後まで、困った作家たちが、物語の中で乱舞するのである。
これだけでも満足なのだが、作者はエピローグに当たる「謝辞」で、最後の仕掛けを発動させた。それが何かは、読んでのお楽しみ。とことん作家にこだわった本書は、やはり風変わりな魅力に満ちているのである。