本書の書評の依頼を、電話で受けたときのことである。編集者がいう、「山田深夜さんの本なんですけど」という言葉に、ちょっと躊躇してしまった。というのも、やはり本誌の書評で取り上げた作者の本が、『横須賀ブロークンアロー』だったからだ。文庫上下巻の冒険小説である。もし同じような大長篇だったら、しっかり読書時間を確保しなければとか、いろいろ考えてしまったのだ。

 だが本書は、短編集である。しかも一話が、かなり短い。空いた時間を使って、気軽に読むことができるのだ。なお本書は、二〇〇八年に講談社から単行本で刊行されたが、今回の文庫化に際して、未収録だった七篇を加えた決定版である。既読の人も、あらためて購入する価値があるといっておこう。

 冒頭の「あまあがり」は、ツーリング先で雨宿りをした主人公が、旅をする黄色いカッパの話を聞く。そしてそのカッパを巡る、優しい奇蹟に遭遇するのだ。続く「ひとゆい」は、ツーリング先で目撃した、会津人の長州人に対する憎しみが、幼い子供の想いによって断たれる。

 と、この調子で紹介していくと、きりがない。とりあえず印象に残った作品を挙げておく。「道具箱」は、父親が死に、家が取り壊されることを知った次男が、バイクで故郷に駆けつける。優秀な長男に比べて、父親に愛されてなかったと思っている次男。しかし取り壊し現場から出てきた道具箱により、次男は父親の真意を知る。実に優れた家族小説だ。

 あるいは「かみさまえ」。ツーリング先で誤解から、少女の葉書を預かった主人公が、十三年ぶりにその町を再訪。ある人物との出会いを経て、自分が小僧の神様ならぬ“少女の神様”であったことに気づくのだ。こちらも味わい深い作品である。

 もちろん、バイク好きの小悪党が、オレオレ詐欺を働こうとする「画策」のような話もあるのだが、そこでも人の心の柔らかな部分が巧みに表現されていた。またラストの「月光」では、無機物であるテントを語り手にして、テントの持ち主になった男の人生の転機が活写されている。全二十六篇、バイクを題材にしながら、内容はバラエティに富んでいるのだ。

 そして各作品を通じて、バイクとツーリングに対する、作者の愛情が伝わってくる。ここが本書の、最大の魅力となっているのである。